第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
家の中ならば、人目を憚らず今みたいにくっつくことが出来るし。
行ってみたいお店もあったけれど、少しでもそばにいたいから、家で過ごす方が良かった。
覚くんが後ろからきつく抱きしめてくる。首筋に顔をうずめるものだから髪の毛が当たってくすぐったい。
「あんまり可愛いこと言うと、1日中ベッドの上で過ごすことになるよ?」
甘い囁きが、吐息とともに吹きかけられる。
ぞわぞわと背中を妙な感覚が走った。
「……そういうのも、アリかもね?」
冗談っぽく返したつもりだったのに、次の瞬間には覚くんに抱きかかえられてベッドに連れていかれてしまった。
テレビから甘い声が響き始めた時には、すでに服をはぎ取られていた。
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月曜日。
覚くんがフランスへ出発する日はあっという間にやってきた。
大きな電光掲示板にはたくさんの国名が並んでいる。
『11:40 PARIS』
覚くんが乗る時間の案内を見つけると、本当に行ってしまうんだなと実感が深くなった。
行きかう人々は大きなスーツケースを転がしていく。
覚くんの傍らにも、同じような大きなスーツケースがある。
人ひとりなら余裕で入れそうな大きさに、中に入ってついて行けたらいいのに、なんて事をつい考えてしまった。
「さすがにスーツケースの中には入れないデショ」
「…バレた?」
「もろ顔に出ちゃってるよ、考えてること」
「そっか……」
バカなこと考えちゃった、って笑えばいいのに、出来なかった。
1年で帰って来ると言ってるのに、ついて行きたいなんて口にするのはあまりにも我慢の聞かない子供みたいだと自分でも思うのに。
それでも子供みたいにわめいて地団駄踏めたらいいのに、と思ってしまう。
たった1年、されど1年。
高校から付き合い始めて、そんな長い間離れること無かったから、余計に不安に思うのかもしれない。
世の中にどれだけ遠距離恋愛を続けているカップルがいるのか知らないけれど、私にそれが出来るんだろうか。
経験したことのない、未知の世界を怖がるのはいつだって私の方で。
覚くんは平気な顔して見たこともない道を歩いて行く。
そんな彼に必死でついていこうとするのに、振り落とされそうな気がして怖い。
あんなに愛を確かめ合ったというのに、私の心は弱いままだった。
体にいくつも赤く残る覚くんの証も、いつかは消えてしまう。