第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
だけど、なんとなく一緒に過ごせる時間がずっと続くと思ってたから、急にそれが叶わなくなるって言われたら……それまでの日々を後悔しない人って少ないんじゃないだろうか。
もっとあの時優しくしてたら良かった、とか。
あんな小さな事で怒らなきゃ良かった、とか。
「俺はいつでもキミに真剣に向き合ってるよ」
事も無げにそう口にする覚くん。
ゆるりと上がった口角に苛立ちを覚えてしまう私は、まだ修業が足りないみたいだ。
「だったら! 直前にフランスに行くって伝えられたら私がどう思うか、分かるでしょ?!」
フランス行きの話を聞いてから、イライラしてばかりだ、私。
覚くんなりの気遣いだって、分かってるのに。
…情緒不安定なのは、寂しいからかもしれない。
離れるのが、寂しくないわけない。
こうなるのが分かってて、覚くんはあえて黙っていてくれたのかな。
「──言うと、寂しくなるから」
少しの沈黙の後、覚くんは小さく呟いた。
やっぱり彼の中では少しでも寂しい思いをさせないため、って気持ちが大きいらしい。
「それ、さっきも聞いたけどさ…言われない方が、私は寂しいよ」
「……ごめんね」
覚くんの手が伸びてきて、私の手を包み込んだ。
骨ばったそれでいて長い指が優しく手の甲を撫でる。
私はもう十分彼の気持ちを理解していた。
彼も、私の気持ちを理解してくれている。
フランス行きの予定が変わることはない。
もう小さなことで揉めるのは止めて、残り少ない時間を大事にしないといけない。
気を取り直して、居住まいを正す。
「今日と明日は時間あるの?」
「うん。もう出発の準備は済ませてあるから」
「じゃあ、この2日間は2人で一緒に過ごしたい。…そのくらいの我儘は聞いてもらえる?」
「モチロン!」
覚くんの表情が一気に明るくなった。
やっぱり彼には明るい笑顔が似合う。
いつもの2人に戻れたのが嬉しくて、私も自然と笑顔になった。
この2日間どうやって過ごすか。
全部私に任せてもらえることになったので、考えた結果、家で映画を見たり、2人でご飯を作ったりして過ごすことにした。
「…俺はてっきり、どこかに出かけるかと思ってた」
私の肩の上に顎を乗せて覚くんが喋るものだから、振動がくすぐったい。
テレビに映る流行りの映画の主人公達が熱い抱擁を交わす。
「だって、2人きりで過ごしたいんだもん」