第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
「あっ……」
「ちゃんって、ホントこういうの弱いよね」
意地悪な笑みを浮かべた覚くんに蹴りを入れた。
膝がクリーンヒットしたみたいで、それまでの余裕は吹っ飛んでしまったようだった。
悶絶する覚くんに、さすがにやり過ぎたと反省した。
「ごめん、そこまで強く蹴るつもりじゃなかった」
「……イーヨ。悪ノリしちゃったの、俺だから」
興が醒めた覚くんからようやく解放され、ベッドから抜け出す。
「何か飲む?」
「コーヒー、淹れてくれる?」
「いいよ」
戸棚からお揃いのマグカップを取り出し、お湯を沸かす。
その間に歯磨きを済ませ、キッチンに戻った。
「はい、コーヒー」
「ありがと」
小さな白いダイニングテーブルにブルーとピンクのマグカップが並ぶ。
湯気がゆらゆらと立ち上るのを眺めていると、覚くんが話を切り出した。
「月曜日から1年間、フランスに行ってきます」
いつになく口調が真面目で、丁寧だった。
それにつられて私の表情も少し、硬くなる。
「……ん。それは獅音くんから聞いた。私が聞きたいのは、なんで今までずっと黙ってたのかって事」
「話した瞬間から、寂しい気持ちが続いちゃうでしょ。だから黙ってたんだよ。ちゃん、寂しがりやだからさ」
昨日あれだけ悩んだ問題は覚くんの口からあっさり回答が得られた。
聞いてみたらなんてことはないことで、拍子抜けしてしまった。
彼の気遣う方向が時々あさっての方に飛んでいっちゃうこと、分かってたはずなのに。
「…覚くんってさ、時々気遣うポイントズレるよね」
「それ獅音にも言われた」
そりゃあ、言われるでしょうよ。獅音くんは常識人だもの。
昨日獅音くんが言ってたように、ちゃんと本人の話を聞けばよかった。…と思っても後の祭りだけど。
「私は、やっぱり早く言ってほしかったよ。フランス行くこと。もっと早くに聞いてたら、もっと違う時間送れたのに。ちゃんと1日1日大事にして覚くんと向き合えたのに……」
「えー? ちゃんは今まで適当に俺と付き合ってたの??」
「そういうんじゃないけど、気持ちの問題でさ」
覚くんをないがしろにして過ごしてきたつもりはない。
会える日を楽しみにしてたし、その時その時できちんと覚くんに向き合ってきたつもりだ。