第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
「いいよ、もう隠さないで。別れたいならハッキリそう言ったらいいじゃない」
「別れるつもりなんてないけど」
「だったら、なんで……うっ」
ちゃんはまたトイレに駆け込んだ。
一緒についていって、背中をさする。
もどしそうな声をあげるものの、何も出なかった。
逆にそれが気持ち悪いのかちゃんの顔色はますます悪くなる。
「ちゃん、今日はもう帰ろう。家まで送るから」
「…まだ私、覚くんから話、聞いてない」
「明日起きたらちゃんと話すよ」
「絶対、だよ」
「うん」
ひとまず獅音に謝罪のラインを入れて、タクシーを呼んだ。
呼び出しておいてこんなお開きのかたちになったことを詫び、会計を済ませた。
こういうの、初めてじゃなかったから獅音も気を悪くはしていなかった。
ただただちゃんの体調を心配していて、本当に心根の優しい人間だなぁと思った。
そんな獅音に見送られて俺とちゃんはタクシーに揺られたのだった。
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『サヨナラ』
覚くんが笑顔で手を振っている。
待って、と手を伸ばして覚くんの元に走る。
だけど足がうまく動かせない。なぜか足がもつれてその場に倒れこんでしまう。
地面に突っ伏して見上げた覚くんの後ろ姿。泣いても喚いても振り向いてくれなかった。
そこで、ハッと目が覚めた。
さっきのは夢だった。それが分かって安心したのも束の間、軽い頭痛がして顔をしかめる。
吐き気はもうなかった。水分をとって休めばそのうち頭痛も収まってくるだろう。
……またやってしまった。お酒を飲みすぎてこうなるの分かってるのに、何度かやってしまっている。
大体翌日になって後悔するのに私も学習しないな……。
起き上がろうとすると、何かが体の上に乗っかってて押さえつけられた。
「覚、くん」
隣には覚くんの姿があった。
そういえば昨日、家まで送ってくれたんだっけ。
そこから記憶があんまりないけど……自分の恰好を確認すると、いつものパジャマに着替えていた。
ちゃんと自分で着替えたのか不安になる。
付き合ってもう4年。そういう行為がないわけじゃない、けど。
自分の知らないうちに着替えさせられていたら、恥ずかしい。