第15章 スモーキー・ブルース/烏養繋心
「前も、あったでしょ? 車で送ってくれた時に“悪い男だったらどうする”って凄んできた事。 あれがあったから、分かったんです。繋心さんは、本当に私に諦めさせたいんだなって。
襲うフリしてるだけで、その気は無いって分かりました」
そこまで見抜いていたとは、思っていなかった。
じゃあなんだってあの時、さんは涙を流すほど怯えていたんだ。
俺のがフリだと分かっていたなら、あそこまで怯えなくても良かったはずだ。
「──繋心さんに、あそこまでさせてしまった事が、申し訳なくて。…悲しいのと、自分の浅はかさが恥ずかしくなって……好きにさせてみせる、なんて大見得切ったのに。ダメでしたね」
さんはわざとおどけたように肩をすくめてみせた。
あの夜の涙の意味は、そういう事だったのか。
さんがそこまで考えていたとは、俺は露ほどにも知らなかったし、気付かなかった。
「…もう、今日で繋心さんに付きまとったりしませんから。安心してください。…あ、でも病院ではすれ違ったりするかもですけど…でももうお家に押しかけたりはしませんから」
包み隠さず話し切ったことで、何か吹っ切れたのだろう。
さんは驚くほどあっさり、俺との関係を断ち切ろうとしていた。
家にやって来たあの時といい、今といい、この子は思い切りが良すぎるんじゃねぇか。
…俺の気持ちガン無視で話進めるんじゃねぇよ。
「おい、何1人で話進めてんだよ」
「え?」
ガリガリと後頭部を掻きながら、さんの話を遮った。
遮ったのはいいものの、どこから何を話せばいいのか、まとまらない。
まとまらない頭のまま、俺の口は勝手に動き出していた。
「あー……あのな、俺も色々考えたんだけどよ。やっぱり今すぐ結婚てのはムリだ」
「はい。分かっています」
俺の想いが半分しか伝わっていないような気がして、それまでそらしていた視線を彼女に戻した。
じっと俺を見つめるさんの目は、どこか決心がついたように真っ直ぐな目をしている。
「その…あんたはまだ若い。他に探そうと思えばいくらでも相手は見つかると思う。だから俺にこだわる理由はないんだ」
だんだんと、さんの目が揺れていくのが分かった。
じわりと滲みだした瞳に、焦りを感じる。