第15章 スモーキー・ブルース/烏養繋心
「いい子、だとは思う。…けど、結婚する気のねぇ俺が、彼女を引き留めておくわけにはいかねぇだろ」
そう口にしてようやく、自分の言葉が全部『言い訳』めいていることに気づいた。
さんの押しが強いせいだとか、当面の生活を見据えて結婚は考えられないからだとか。
全部、全部、さんに深入りしないための、俺が張った予防線だ。
だから何を言っても、上っ面を撫でているような変な感覚がするんだ。
「好きだという気持ちはあるってことか?」
じいさんは真っすぐな性格と同じように、実に率直に言葉をぶつけてきた。
俺はさんの事を好き、なのか?
……嫌い、ではないのは確か。
じいさんの言葉を反芻して、黙ったまま自問自答をしてみたものの、答えは簡単に出そうになかった。
「……分かんねぇよ」
時折、さんの事を思い出してしまうのは何故なのか。
それはイコール『好き』に繋がるのだろうか。
しょっちゅう家に押しかけて来ていた人物が、ある日ふと姿を見せなくなったから、違和感を覚えているだけではないのか。
誰だってよく顔をつきあわせていた人物がいなくなれば、少しは寂しさを感じるものでは無いのか。
でも、だったら。
あの晩、俺を見て顔を赤らめる彼女を可愛いと思ったのは?
震える彼女にそれ以上手を出せなかったのは、本当は彼女に嫌われたくなかったからでは……?
「本人に会ってみれば、意外と簡単に答えが出るものかもしれんな」
難しい顔で唸る俺に、じいさんはニッと笑って見せた。
その笑みは俺に向けたものじゃないと分かり、じいさんの視線を追う。
振り返ると、困った顔で佇むさんの姿があった。
***************
じいさんに病室から追い出され、さんと2人連れ立って病棟の廊下を歩く。
こないだのことがあるから、俺もさんもどこかぎこちなく、微妙な距離感を保ったまま、病院内のカフェテリアに向かった。
窓際の席に案内され、向かい合うようにしてソファに腰かけた。
「……こないだは」
「……この間は」
店員がメニューを置いて行ってすぐに、2人同時に口を開いた。
全くの同じタイミングで発せられた言葉は、2人とも同じだった。
お互い目で「どうぞ」と促し合う。