第14章 離れてもすきなひと/黄金川貫至
ライブが始まってからは、さんの出番が待ち遠しくて仕方なかった。
他の出演者には申し訳なかったけれど、彼らの歌は半分耳を通り過ぎていた。
とうとうさんの出番を迎えて、俺の心臓はどんどん早くなって、今にも爆発しそうだった。
前の出演者が退場して消えていたライトが一斉に点くと、ステージの前の方で「ちゃーん!!」と数人がさんの名を呼んだ。
ライブ前に話していたファンの人とはまた別に、さんのファンがいることに、俺は泣きそうになっていた。
俺の知らないところで、さんはどんどん有名になっていく。
嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちだった。
ステージに出てきたさんは、半年前に会った時よりもずいぶん大人っぽくなっていた。
化粧や、人前に出る仕事だから色々と気を遣っているからだろう。
日々のメッセージのやり取りや、さんのやってるSNSなんかで、最近の写真を見てはいたけれど、実際に生で見ると、さんは本当にキラキラと輝いていて眩しかった。
さんは声援を送る人達にニッコリと手を振り、ギター片手に中央に置かれた椅子に腰かけた。
スポットライトの中で、さんが歌い始める。
初めてさんの歌を聴いた時と同じ、透明感あふれる涼やかな歌声。
あの時と違うのは、さんと俺の距離。
路上ライブで歌っていた時にはもっと近くで歌を聴けたけど、今は、少し遠い。
それは何も実際の距離だけの話じゃない。
知らないうちに増えているさんのファンや、東京で少しずつ露出を増やしていること、この間の電話口で感じたよそよそしさ。
そのすべてが、俺とさんの間に壁を作っているようで、さんの歌を生で聴けて嬉しいはずなのに、手放しで喜べなかった。
さんは時折顔を上げて観客に目を向けていたけれど、俺に気づいた様子はなかった。
俺も、気付いてもらおうとは思わなかった。
前までの俺なら、大きな声を出すか、手を振っていたに違いない。
でも今は、そんな気になれなかった。
近くて遠い。
好きな気持ちは変わらない。
それどころか大きくなっているのに。