第12章 星を見る少年/岩泉一
「うん。……父が星が好きでね、いつも言ってたの。『辛い時は、夜空を見上げてごらん。どんな時でも瞬く星の光だけは、変わらず見ていてくれるから』って」
そう言って、さんはまた顔を上げて夜空に視線を移す。
ーー辛い時は、夜空を見上げてごらん。か。
ぼんやりと星を眺めていたのは、今、辛いと思っているからなのか。
この間の談話室での出来事を思い出す。
あんな風に好き勝手に言われて、どれだけ傷ついただろう。
文句の1つも言わず、黙って罵りを受けていたさんのことを思うと胸が痛む。
「ー……はじめ君、初めて会った時の事、覚えてる?」
初めて、さんに会った日。
あの日も同じように、夜空を見上げていた。
泣き腫らしたような、赤い目をして。
「覚えてます。あの時も、星見てたんすよね」
あの時は、自殺を誤魔化すための言い訳だと思ってた。
でも今は、本当に星を見てたんだと思うようになった。
きっと今と同じように、何か辛いことがあったんだ。
目を腫らして泣くほど、辛いことが。
「うん……。……あの日はね、担当してた患者さんが亡くなった日だったの」
その時の心情を思い返すように、さんの声のトーンが落ちていく。
入院患者と接していれば、いつか経験することかもしれない。
だけどよく見知った人が死ぬ、ショックは大きいと思う。
俺はまだ経験が無いから想像することしか出来ねぇけど。
優しいさんのことだ。普通以上に心を痛めたんじゃねぇかって思う。
「私、今年看護師になったばっかりでさ。初めて、患者さんの死に直面したの。看護師になるって決めてから、覚悟はしてたつもりだった。…でも、少し前まで笑顔で話してた患者さんが……。……ごめん……っ」
段々と涙声になって、さんはしばらく言葉に詰まっていた。
辛いことを思い出させてしまった。
さんが泣くと、こっちまで涙が出そうになる。
「…無理に話さなくていいっす。思い出すと、辛ぇだろうし」
背中を丸めて嗚咽を漏らすさんの背中をゆっくりさする。
電車を待っているサラリーマンに怪訝な顔をされているのに気付き、自分達が妙な注目を浴びていることを知った。
俺はホームに置かれた待合室にさんを連れて入ることにした。