第12章 星を見る少年/岩泉一
及川に続いて、花巻と松川も自己紹介をした。
おい、今のは俺が自己紹介する流れだったんじゃねぇのか。
「お前らも及川にのんじゃねぇよ! 俺が自己紹介するタイミング無くなったじゃねぇか」
「ワリぃ、この流れのんなきゃいけない気がして」
「さっすが2人ともよく分かってる」
俺達のやり取りをぽかんとした顔で見ていたさんが、急に笑い出した。
目尻に涙が浮かぶほど笑うさんがやけに可愛らしく見える。
病院で会う時と、纏っている空気が全く違う。
仕事しているときも、にこにこはしてるけど、こんな風にケラケラ笑ったりはしない。
仕事中だから、当たり前の話かもしれねぇけど。
なんでか少しだけ、胸がざわついた。
「ちゃん、笑うと更に可愛いね」
異性に対して及川は大体いつもこんな風に軽口をサラリと口にする。
だからさんに対しても挨拶代わりくらいの認識で及川が放った言葉だって、頭では分かってんのに、なんかムカッときた。
「及川、馴れ馴れしくちゃん付けで呼ぶんじゃねぇよ。お前ほぼ初対面だろうが」
「えーいいじゃん別に。いいよね、ちゃんて呼んでも?」
及川の問いかけに、さんが頷く。
別に俺が口出しすることじゃねぇけど、及川が馴れ馴れしく呼ぶのはムカつく。
「ほら、本人がいいって言ってるんだから」
「聞かれて嫌だって言えねぇだろうが」
「やだ岩ちゃん。もしかして、ヤキモチ? 意外と独占欲強いタイプなの?」
「あ? もう1発いっとくか?」
握りこぶしを見せると、及川は「ごめんなさい、からかいすぎました」と言って静かになった。
ふとさんと目が合う。
俺と及川の顔をちらちらと見て、心配そうな顔をしていた。
「…大丈夫っす。喧嘩じゃねぇから」
「そっか、良かった」
初めて会ったときも、及川とのやり取りを見て心配そうな顔をしていた。
及川相手だと俺もすぐ手が出るからいけねぇんだけど。
さんがホッとした顔で微笑んだのを見て、俺もホッとする。
この人は笑ってる顔の方がいい。
困った顔だとか悲しそうな顔はあんまり見たくねぇ。
その理由が何なのか、この時の俺は知るよしも無かった。