第12章 星を見る少年/岩泉一
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朝、ホームで電車を待っていると、及川がやって来た。
いじってたスマホから少しだけ顔を上げて、よお、と軽く手をあげた。
「あれ、岩ちゃんまたスマホのカバー変えたの?」
「おう」
「んっ? それって岩ちゃんがめちゃくちゃ必死に探してたのじゃない? 限定のやつでしょ。どこで見つけたのさ、あんなに探してなかったのに」
このカバーが発売された当日、及川にも協力してもらってあちこちの店を回った。
だけどいくら探しても見つからなかった。
ただ疲れただけに終わったその日のことを思い出したのか、及川は口を尖らせている。
可愛くねぇその顔から目をそらす。
「貰った」
「へぇー。誰に?」
及川のその質問に答える前に、聞き慣れたヒールの音に意識がいく。
足音はどんどんこちらに近づいてきて、すぐそばで止まった。
「はじめ君おはよう」
「おはようございます、さん」
長い髪を風に揺らして、さんはにっこりと微笑んでいた。
初めて会った日の、泣きはらした赤い目が嘘のように、あの日以来この人の明るい笑顔しか見ていない。
もうあの時みたいに、死のうなんて考えてはいなさそうだった。
ばあちゃんを介して少しずつ話す機会も増えて、さんの人となりを知るにつれて、こんな優しい人が命を絶たなくて良かったと思った。
ばあちゃんも見舞いに行くたびさんの話ばかりで、相当気に入っているようだったし。
仲良くしてる看護師さんが自殺だなんてことになったら、ばあちゃんショックでどうにかなっちまうかもしれねぇ。
そうならなくて、本当に良かったと思う。
「えっ、えっ?! 岩ちゃん、どういう事?!」
及川の大きな声が耳に痛い。
しかめっ面で及川を見ると、及川が大袈裟なくらい口を大きく開けて驚いた顔をしている。
「何が」
「何が、じゃないでしょ。いつの間におねーさんと名前で呼び合う仲になってんの?!」
何度も肩を揺すられて、肩にかけてたスポーツバッグがずり落ちた。
バッグをかけ直しながら、及川を一瞥した。
「…名前しか知らねぇから」
そういやちゃんと自己紹介したこと無かった。
ばあちゃんがいっつも『ちゃん』って呼んでるから、って名前が強烈に頭に残って。