第12章 星を見る少年/岩泉一
「あっ、ごめん! これ!」
もう電車は発車しかけていたから、いくら追いかけたってドアは開きはしないのに、何故か私は彼を追ってホームを駆けだしていた。
驚いた顔でこちらを見ている4人の視線に気が付いて、自分の走りが意味の無いことだと悟った瞬間、急に視界が暗くなった。
同時に額に鈍い痛みを感じる。
恥ずかしすぎて、顔を上げられない。
派手に転んだ私を心配してか、駅員さんが駆け寄ってきて「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
恥ずかしいけれど、ここでじっとしていたらもっと騒ぎが大きくなりそうで、私は俯いたまま何度も頷き、大丈夫ですと消え入りそうな声で繰り返した。
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「あのおねーさん、大丈夫かな。かなり派手に転んでたけど」
「顔からいってたよな、あれ」
「いったそー」
及川達の言葉を横で黙って聞いていた。
あの人が転んだのは俺のせいかもしれない。
別に返して欲しいとか思ったわけじゃなくて、ただハンカチ貸したままだったなと思っただけだったのに。
あんなに必死になって追いかけてくるなんて思わなかった。
追いかけたところで、ドアは開きゃしねぇのに。
……おかしな人だ。
「あの人、岩泉に何か渡そうとしてなかった?」
「…俺の、ハンカチ」
「ハンカチ? そういや及川が“泣かせた”とか何とか言ってたな。何、別れ話? てか岩泉彼女いたの?」
花巻と松川がにやにやしながら聞いてきたもんだから、つい2人に厳しい視線を送ってしまう。
及川じゃねぇんだから、俺をからかうなっつうの。
「違ぇ。あの人がホームから落っこちそうになったのを止めただけだ」
「マジか。岩泉、ヒーローじゃん。カッケェ」
「でもなんでそれで泣いてたワケ?」
松川が疑問に思ったように、俺もそれは不思議だった。
腕を掴んで引き留めて、俺の怒鳴り声で振り返ったあの人は真っ赤な目をしていた。
それまでに何度か泣いていたのか、目の周りはほんのり赤みがかっていた。
初めは俺に止められたから、死ねなかった絶望から泣いたのかと思った。
だけどそんな悲壮な雰囲気でも無かった。
逆に助かった安心感から泣いたのか?
本当は死にたくなくて誰かに止めて欲しかった、とか。
本人に直接確かめねぇ限り、正しい答えは分かんねぇだろうけど。
ホッとした、てのが1番しっくりくるような気がする。