第12章 星を見る少年/岩泉一
「なんか傷つくようなこと言ったんじゃない、岩ちゃん。言葉荒いから余計キツく感じそうだし」
花巻と松川を挟んだ向こう側からひょこっと顔を出して、及川が言う。
コイツさっきから俺が何かしたみてぇに言いやがる。
だから“クソ川”なんだよ。
俺は何もしてねぇって言ってんのに。
「…なんか思い詰めてるみてぇだったから、“辛いことでもあったんすか”とは聞いたけどよ」
そう聞いた後、ぽろぽろと泣き出したんだ。
別に傷つくような言葉じゃなかったと思うんだが。
「あー…それが“効いちゃった”んじゃね? しんどい時に優しい言葉かけられたら、誰だって心緩むだろ」
松川はそう言うが、俺は別に優しいとか言われるほど相手のこと考えて発言したわけじゃねぇし。
そんなことを言われると、なんかむず痒い。
「別にそんなたいしたこと言ってねぇぞ俺は」
「岩ちゃんにとっては大したことなくても、あのお姉さんには大したことだったんじゃない? ほら、今5月でしょ。五月病ってよく言うじゃん。精神的に参ってると涙もろくなるって言うしさ」
ふらふらとホームを歩くあの姿は、確かに普通ではなかった。
心ここにあらずといった感じだった。
今にも消えてしまいそうな、そんな空気をまとっていた。
「なぁなぁ岩泉、これワンチャンあるんじゃね?」
「ワンチャン? どういう意味だ?花巻」
「これきっかけに年上の女性とお近づきになれるかも、ってことだよ」
「興味ねぇ」
即答すると花巻の目が丸くなった。
横で及川達が「もったいない」だの「じゃあ俺がいこっかな」とかうだうだと言っていたが、聞かぬふりを通した。
恋だの愛だのやってるヒマがあったらバレーの練習してぇし。
第一さっき会っただけの、名前も知らねぇような人とどうこうなろうと思う方がおかしいだろ。
「岩ちゃんバレー意外興味ないもんね」
「こっそりモテてる癖に本人にその気ねぇからなぁ。もったいねぇよなホント」
「んなことにかまけてるヒマねぇだろ。来月頭にはインハイ予選だぞ」
6月に入ったらすぐインターハイの予選が始まる。
今年こそは白鳥沢倒して全国に進みてぇ。
横でまだ及川達は何やらブツブツと言っていたが、俺の耳にはもう届いていなかった。