第10章 これからの話をしよう/天童覚
これまでの事があったから、意識せずにはいられなかった。
天童君のごつごつとした大きな手が、ぎゅっと私の手首を握っている。
これまでも距離の近さに驚くことは多かったけれど、今回のこれは、単なる善意からの行為だ。きっとそのはずだ。
そうやって自分に言い聞かせている時点で、薄々私は自分の気持ちに気が付いていた。
―…これは、恋だと。
だけどそれを認めたくない自分がいて、ぎゅっと目を瞑る。
「…ありがと。手離してもらって、大丈夫だから」
顔は見ずに、言う。
自分でも情けない顔をしていると思ったから、見られたくなかったし。
天童君がどんな顔をしているかも見たくなかった。
そっぽを向いている私を見つめているだろう天童君は、またあのニヤッとした笑みを浮かべているのだろうか。
「洗ってあげよっか?」
いつもと変わりない声の調子で天童君が尋ねてくる。
「…いい。自分でやれるから」
「でも、後ろ見えないデショ」
「大体わかるから、いい」
「そっかー。ザンネーン」
「……天童君」
「ナニ?」
やっぱり顔は見れないでいたけれど、体だけは彼の方を向く。
天童君の足元に視線を落としたまま、今度は私が天童君に尋ねた。
「天童君は、何がしたいの」
「…? どういう意味?」
私の気持ちを分かってて知らないフリをしているのか、本当に分かっていないのか。
やっぱり天童君の事は、読めない。
直接確かめるしか、術はなかった。
大きく息を吸い込んで、吐き出すと同時に言葉をぶつける。
「なんで、あの日から私にあれこれ構うの? 何が目的なの? 私をからかって、楽しい?」
矢継ぎ早に繰り出した私の疑問に、天童君はすぐには答えなかった。
しばらく間があって、ようやく天童君は口を開いた。
「……さんのその表情、見てるとゾクゾクするんだよね」
天童君の言葉に、思わず顔をあげてしまう。
一体彼がどういうつもりでそんな言葉を口にしたのか、確かめたかったから。
天童君は、あのゾクリとするような笑みを浮かべて私を見ていた。
恍惚とも呼べるような、快感を感じている笑みだった。
その笑みを見て、彼は私の理解の範疇を越えた存在なのだと、再認識させられた。