第10章 これからの話をしよう/天童覚
―天童君には会いたくないけれど、こうやって日がな一日彼の事を考えてしまうのって、これって、もしかして……。
自問自答して、いやいやと首を振る。
そんなはず、ない。
あんなわけのわからない人を好きになるわけない。
第一好きになるきっかけなんて、ないはずなのに。
こんなに意識させられている原因は、ひとつだけ、あるけれど。
そっと、唇に指先で触れる。
まだそこに天童君の唇の感触が残っているような気がして、心臓がどくんと大きな音をたてた。
「―…なーにしてんのー、さん? 水浴び?」
「っ?!」
突然の声に驚いて振り向くと、濡れた毛先から水が飛び散った。
声の主は少しだけ顔をしかめて、すぐにニコッと笑った。
「天童君、いつの間に。…全然、気付かなかった」
足音も、気配すら感じなかった。
この人、人間じゃないのかも。なんてことを思ってしまう。
「忍者みたいデショ」
「…うん。ビックリした」
「驚かそうと思ったからねー。だいせーこー!」
楽しそうに笑う天童君の明るさに、曖昧な笑みを浮かべた。
地面に伸びた天童君の影が、さっと距離を詰めてくる。
後ずさりでもして距離を置けばよいのに、私の体は動こうとしなかった。
「アラ、髪に絵の具ついてる。あー、それで」
「…うん」
観察するようにまじまじと見つめられて、気恥ずかしくなった。
天童君に悟られるのは嫌だったから、誤魔化すように天童君から顔をそむけて、もう一度毛先についた絵の具を洗い流そうとした。
「さん」
「ん?」
「ココにも絵の具、ついてるヨ」
そっと、後頭部に天童君の手が触れた。
そんなところに絵の具をつけた覚えはない。飛び散った絵の具でもついたのだろうか。
それとも、単に髪に触る為に嘘をついたのか。
…いや、それは自意識過剰すぎるか。
いくら理解の範疇を越えている天童君といえども、そんな嘘をついてまで私の髪に触りたい理由なんてないだろうし。
「こんなとこに?」
「あー! 待って待って! シュシュについちゃう!!」
天童君が触れた箇所を撫でると、確かにねちょっとした絵の具の感触がした。
なぜこんなところにまで、と思ったのも束の間、今私の頭は握られた手首の熱に集中してしまっていた。
シュシュに絵の具がつかないようにしてくれたんだとは分かっている。
だけど。