第10章 これからの話をしよう/天童覚
「何も、隠してないよ」
若干言葉に詰まりつつも、平静を装う。
訝しむ部員達の視線にいたたまれなくなって、私は作業に戻ろうとみんなを急かした。
―傍から見ても、あの距離感は近すぎるんだ、やっぱり。
…その日から、天童君の事が頭から離れなくなった。
寝ても覚めても考えてしまうのは彼の事ばかりで、あの不敵な、ぞくりとする笑みが何度も頭の中に浮かんでしまう。
まるで恋をしているみたいだ。
……そんな、はずはないのに。
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それから、天童君は何事もなかったかのように、普通に話しかけてきた。
教室で顔を合わせれば、やれ宿題を見せてだの、ペンを貸してだの。
部活中も、すれ違いざまに挨拶してきたり、休憩中に「何してるのー」なんて作業を見に来たりした。
教室で声をかけられるのは、まだよかった。
問題は、部活の時。
顔についた絵の具を拭ってくれたあの場面を目撃していた子達がいたものだから、天童君が姿を見せるたび、冷やかしの声が飛ぶのだ。
どんなに冷やかされても天童君は気にしていないみたいで、ニコニコ笑顔のままだった。
彼の頭の中はどうなっているのか、ずっと謎のままで、私1人だけが思い悩んでいる。
「―…ちゃん、髪の毛!! 絵の具が!」
「えっ?…あっ!」
一緒に作業していた子の驚いた声に、はっとしたけれど、もう遅かった。
天童君のことをあれこれ考え込んで色塗り作業をしていたから、ぼうっとして自分の髪まで巻き込んで色を塗ってしまっていた。
毛先にべっとりとついた絵の具はタオルで拭ってもまだひっついている。
「洗ってきなよ! 固まっちゃうと厄介だよ」
「…うん。ごめん、ちょっと洗ってくる」
「はーい」
足早に手洗い場に向かう。
演劇部も利用させてもらっている近くの手洗い場は、天童君のいるバレー部もよく使う。
天童君と顔を合わせると、胸の奥がモヤモヤしてきて、なんだか落ち着かなくなるから、なるだけ会いたくない。
ただでさえ教室では嫌でも顔を合わせてしまうから、部活中くらいは会わずに済ませたい。
ちょうどバレー部は体育館で練習試合中みたいだったから、
しばらくは外に出てくることもないはず。
跳ねる水しぶきを眺めながら、そんなことを考えていた。