第10章 これからの話をしよう/天童覚
この距離感は、近すぎる。
思わず息をとめてしまうくらいの距離だったのに、天童君はさらに顔を近づけてきた。
「絶好のキスシーンだよね」
「……え?」
彼は何を言っているのだろうか。私の頭が理解する前に、天童君の唇が私の唇に触れた。
ちゅ、と小さな音をたてて離れていったそれに、私の視線は釘付けだった。
「……は? …え、今、何をしたの、天童君、私に」
「さん動揺しすぎ」
天童君は私の顔を見て笑っている。
真っ白になった頭を動かそうと必死になるも、うまく言葉が出てこない。
「キス、したよ」
天童君の口は、確かにそうかたどった。
キス。
…キス?
それは好き合う男女が交わすものではなかったっけ。
ただのクラスメイトの、最近席が隣になったばかりの男女がするものだったっけ…。
「…な、んで? なんで、急に、そんなこと」
混乱している私とは対照的に、天童君はいたって落ち着いている。
分からない。読めない。
彼の考えていることが全く分からない。
「…んー…なんか、したかったから」
天童君から答えをもらっても、やっぱり理解できなかった。
したかったからした、って。
意味が分からない。
「ごめん、もしかして初めてだった?」
初めてだろうが、そうでなかろうが、いきなりただのクラスメイトだと思ってる人からキスされて呆然としない人いるんだろうか。
どこか的外れな天童君の言葉に、私はまばたきを繰り返すしか出来なかった。
そんな私の挙動を肯定だと受け取ったのか、天童君はごめんと謝罪しつつも、ニヤリと笑みを浮かべた。
ぞくりとするようなその笑みに、ますます彼のことが分からなくなった。
何を思って、そんな笑みを彼は浮かべたのだろう。
背の高い彼は私を見下ろしながら、目を細めてどこか嬉しそうな笑みを浮かべているのだ。
見下した笑み、ではなさそうだったけれど、どこか愉悦を味わっているような笑みだった。
彼の事を理解する必要性は感じない―…だけど、何故私にキスをしたのかは―…それだけは理由を知りたいと思った。
「…意味が、分からないんだけど。したくなったから、したって、好きとかそういうのなくても、するの? 普通は付き合ってる人たちがするものでしょ」
ようやく頭にも血が巡り始めたのか、言葉が出てくるようになった。