第2章 序章
「おい、待てツッキー!」
クロが月島の肩を掴む。
「放してください!今の声は恐らく僕にしか聞こえなかったんです。それに女の子の声だった…。確証はありませんけれど、もしかしたら―――」
「仮にその女の子が『イブ』だったとして、出会ってしまったらどうなるかわからないんだぞ!こんだけ本持ってるくせに御伽噺の内容忘れたのかよ!」
「でもっ…!」
月島は「助けて」という言葉に弱かった。かつて山口が路地裏で暮らしていたときに知り合ったばかりの頃、何となく仕事を手伝ってあげるといって仕事場で先に待っていても山口は何時になっても現れなかった。まさかと思った月島は、山口がいつも座っている路地裏へと急いだ。山口はそこにいた。ボロボロの服に血を滲ませながら。
――――“助けて…っ、ツッキー…!”
月島が山口の早期発見のおかげで胸に押し込むように刺さったナイフは心臓には達しておらず、山口は一命を取り留めた。しかし、山口は町がトラウマになってしまい、月島が小屋に居ると知った途端、すぐに森へ向かったそうだ。それから山口は町には戻っていない。
「僕の悪い予感はかならず当たるんですよ、何故か。もしかしたら『アダム』のせいかもしれない、二度とこんなことがないよう、周りを見張っているのかもしれない…。だから山口は助かった。…僕が助けたんじゃない、『アダム』が助けたんだ」
「それは違うよ、蛍」
そこに、お風呂から上がったのか山口が立っていた。
「…! た、だし…」
「……俺、あの時蛍が来てくれなかったら此処に居ないよ。蛍のおかげで今、こうやって恩返しが出来るんじゃん!そのことに『アダム』のおかげだとか関係ないよ、俺は蛍に助けてもらって本当に嬉しかったんだから」
「…でも」
「『でも』はナシっ!!」
「いっ…!?」
ごつんっ、とおでこをぶつけられる。まだ完全に乾ききっていない前髪の冷たさと月島の瞳を一ミリも逸らさない山口の鋭い目を感じた。
「あの時、蛍は俺にとってのヒーローになったんだよ。だって、すごくかっこよかったんだもん。そんな俺のヒーローが自分の前世に怯えて森で隠れてるなんてそんなの許さないよ!」
「忠…」
「行って、『ツッキー』。俺のヒーローは、こんな事で怯えないでしょ、カッコよくないと許さないんだからねっ」
「………ありがとう」