第2章 序章
念のため、クロも同行することになった。理由は『イブ』への興味ともう一つのおぞましい気配に見覚えがあるから、だそうだ。
「ずーっと引き篭もって腕が落ちてるだろ。それよりもナヨナヨした身体してるから不安でしてネ」
「嫌味ですか」
「いや、心配。ただ、これは用心しておいたほうがいいぞ。この気配―――タダもんじゃない」
「………」
クロは森と町を行き来しているため、その気配がする場所へ向かうのは安易だった。森から出て平地に出ると遠く離れた場所の上空に禍々しい空気を纏ったサイドテールの少女と、その相手―――サイドテールの少女に瓜二つのピンク色の光を纏った白いローブを着た少女。
目が虚ろだ。我を失っているのは確かだ。
「やっぱりな、冬花チャン」
「冬花…?」
「俺のトコの新人、なんだけど結構手のかかる子でね。『イブ』の魂ねらってどうすんのかね」
「……! じゃあ、やっぱりあの白い服を着た子が…?」
「だと思うよ。ただ、大丈夫かね?あの子、我を失っているというか【乗っ取られてる】感じだ。『イブ』ではない、何かに、…な」
***
思うように身体が動かせないし、心は何故か怒りに満ち溢れていた。目の前の魔族を今すぐ倒さないと気が済まない。まるで誰かの感情が自分の身体に乗り移ったみたいだった。この状態はとてもいい物ではないような気がする。早く、何とかしなくちゃいけないはずなのに、どうしてこんなに心地いいんだろう。
(気分は悪くない…。もう少しだけ浸っていようか…)
魔族が口を開く。
「ははは!こうしてみると憐れね『イブ』。私の姿を見た瞬間に怒り狂うんだもの―――余程アタシが憎いのね」
「『戯言はいい。二度と口が利けないようにお前を消す――それだけだ』」
「そ。…なら、やれるもんならやってみなさいよっ!!!」
フードの魔族が武器を繰り出し構え、攻撃を仕掛けてくる。それに冬樹を乗っ取った桜神はひるまない。むしろ、待ってましたといわんばかりの表情をしていた。
「『やっとお前に復讐が出来ると思うと嬉しくて仕方がない…!ああ、サクラノの魔力よ!私に力を…!』」
その表情はもはや人間でも、神でもない、悪魔のような不気味な笑みだった。
「『≪ブロッサム・ナイトメア≫』」
それは、蚊の羽音のような小さな声だった。