第12章 たえまなく過去へ押し戻されながら 後編
探偵社に戻った頃には鏡花ちゃんの過呼吸も収まり、今は落ち着いている。
捕らわれていた賢治君も無傷であったので、一安心だ。
社長から、これ以上無理をさせる訳にもいかないとの事で、数名帰す事になった。
『じゃあ、敦君。鏡花ちゃんの事、お願いね』
「分かりました、失礼します」
パタンと扉が閉まる。鏡花ちゃんは敦君に懐いているから、彼も一緒なら鏡花ちゃんも少しは安心出来るだろう。
しかし、真逆あんな所で見掛けるとは思いも寄らなかったな。
ふと後ろから声を掛けられる。治だ。
「茉莉、大丈夫かい?」
『うん、大分落ち着いていたし、敦君も一緒だから大丈夫だと思う。後は鏡花ちゃん次第だね』
「鏡花ちゃんの事じゃない、君の事だよ」
何故私なんだ?と首を傾げていると、彼は呆れたように溜息をつきながら、此方に近づき私を抱き竦める。
「見掛けただけ、とは云え森さんに、君のお父さんに会ったのだろう?」
本当に何でもお見通しだね…観念したかのように自分の体からフッと力が抜ける。治に支えられて立つのが、今は精一杯だ。
『…私達が抜けて四年経った。その間は確かに一回も会っては無い。流石に四年も経っていれば何とも無い、と思ってた。
…けどさっき遠目で見ただけで、息が詰まりそうになって、震えが止まらなかった』
過去に植え付けられた恐怖が、あの一瞬で一気に蘇った様だった。ポートマフィア首領としての森鷗外では無く、自身の実父としての森鷗外に対する恐怖が、失望が、憎しみが、一気に自分の中で溢れてきた。
「大丈夫、茉莉をまた闇の中に連れ戻させたりは絶対にさせない。君は私が守るよ」
その一言が一気に心を軽くした。が…
「…太宰、荒木、そんな所で何やってる?」
治の肩越しに国木田さんの姿が見える。
…てそんな呑気な事言ってる場合じゃ無いッ!
『ちょ、治離してッ』
「え〜、茉莉が珍しくデレてくれたのだよぉ、もうちょっとこのままで居させてくれ給えよぉ〜」
『語尾伸ばさないでよ、気持悪い!てかどこ触ってんのッ⁈』
背中辺りにあった筈の治の手が暴れるに連れ、段々と下へと下がって来る。痺れを切らして、低めとは云えブーツの踵で思い切り彼の足(の小指部分)を踏みつける。
『帰ったら思う存分甘えて上げるから、其れまで我慢しなさい』
「…ハイ」