第2章 暴走×逃走
右腕に迸った黒いオーラはその女を後方の壁へ激突させるのに十分な威力を持っていた。
セレナの気道が解放される。も、依然として気絶したままだった。
左上腕の紋様の、荊のようなものが徐々に広がっていく。まるで、絡みつくように。
セレナの発する黒いオーラは、既に薄暗い部屋をより一層暗くさせるようだった。
女は狂った目でセレナを睨みつける。
セレナは目を閉じたまま。
だが、何かに操られているように、セレナの右腕が1人でに動き出し、宙を浮いた。
その右腕は、高々と挙げられる。手のひらを天に向けると、その直上に、幾重にも重なる魔法陣が広げられる。
黒、白、紫、赤…大小様々な魔法陣が、歯車を噛み合わせた時のように、回り出す。
足元からは、黒いオーラが立ち昇る。
ゴゴゴ……と、部屋全体に音が唸る。その正体を誰も知らない。
なぜなら––––
セレナがこの状態になれば、大方の人間は命を落とすからだ。
高らかに挙げられた右腕は、ゆっくりと前方へ落とされていく。
女は、次の攻撃をせんと飛びかかってくる。
セレナ
「…メメント・モリ」
瞬間、部屋が一切の光を遮断した。
セレナの頭上にあった魔法陣がカッ、と光、そして暗転したのだ。
光が戻った頃には、女は倒れていた。もう二度と動き出すことはない。
そして、セレナもまるで糸が切れた人形のように、パッタリと前方へ倒れてしまった。
シン、と静まり返る部屋。
その一部始終を見ていた試験官、謎の男ことリッパーは、ただただ呆然とセレナのいる部屋のモニターを見ていた。
メガネがずり落ちようが、構わず、その両眼を白黒させていた。
何が起きたか誰も理解できない。
リッポーにとって、セレナのいた部屋は突然暗転したかと思いきや、2人とも倒れていたのだから。
実は、女は囚人であり、とある念能力を備えていた。
相手の深層心理に潜り込み、その人の最も強いトラウマを再現させることだ。それがかつて、都市の一部の人間が、集団で発狂し、暴徒化させる大事件を引き起こしたのだった。
今回、それが仇となった。
セレナにとって母親は、最愛にして最大のトラウマなのだから。
そして、セレナはこの後、丸一日身動きせずに眠り続けた。