第19章 葛藤する心
学校からの帰り道でのこと。私は見てはいけないものを見てしまった。
夏目たちと別れてから的場邸に続く森を歩いていた時、主の後ろ姿が見えた。声をかけようとしたが、見知らぬ女性と何やら話し込んでいるようだった。
(主…?何を話して――――)
もの陰に隠れて少し様子を伺っていると、楽しそうな雰囲気で、声をかけられるような状況じゃなかった。
ふと会話がやみ、2人は見つめ合いそして―――。
「ぇ…」
キス、していた。
瞬間私は数歩後ずさり、踵を返して走り出していた。
行くあてもなくひたすらに走り、気付けば以前散歩できた河原に来ていた。
その場にしゃがんで蹲り、呼吸を整えようとするも目を閉じれば先程見てしまった光景が過ぎる。
なんで、どうして、そんな思いがないまぜになり心が乱れていく。
的場を信じたい。それは本当に本心だ。でもあの光景を目にしてしまってはその想いすら揺らぎ出してしまう。
「私は…どうしたらいいんだ…」
先程見てしまったことは忘れるべきだろう。忘れて、何事もなかったように振る舞うのが正しい。頭では理解していても、ズキズキと痛む胸がそれを阻害する。
「わたし、は…っ」
辛い。悲しい。感情に呼応するように視界が滲み始める。
「やぁ可愛らしいお嬢さん。こんな所でどうしたのかな?」
その声にゆっくり顔を上げると、そこにはいつもの胡散臭さを携えた笑みを浮かべる男がいた。
「名取の…坊ちゃん…」
「…その呼び方どうにかならないのって言わなかったっけ」
ガクリと肩を落とす名取。再びこちらを見た時、彼は少し目を見開いて真剣な表情に変わった。
「ねぇ妖姫。その涙はどうしたの?」
「こ、れは…」
言えるわけがない。的場が見知らぬ女性と密会している所を見てしまったからなどと。