第21章 書き換えられる記憶
スッと額の辺りにかざされた手。
逃げなきゃ
そう頭では理解していても、体は言いようのない恐怖感で支配されているかのように微動だにしない。
助けを呼ばなきゃ
気づくかは分からないが、寝室には周一がいる。しかしカラカラに乾いた喉はただ空気をヒュウと吐き出すばかりで。
「!!」
の異変に気づいた紅月が吠える。
「あか、つき…」
やっと絞り出した声は驚くほどに掠れていて、声になっているか怪しいくらいだった。
「…ほう?お主、なかなか面白いな」
どうやら記憶を覗き込んで吟味していたであろう妖が呟く。
「いいだろう、ちょっとした戯れだ。お主の記憶を少しばかり弄ろう」
「な、に…」
やがて雲が晴れ月明かりに照らし出された妖の姿。
薄めの色素をした肌、目元は白い長方形の布で隠されているが美青年であろうことが容易に想像出来る出で立ち。
身体は金縛りにあったかのように動くことを拒否している。
どうしたら逃げられる?どうしたらこの状況を打破できる?
バクバクと強く脈打つ心臓がうるさい。次第に呼吸も荒くなってきた。呼吸がつらい。
「妖姫ッ!!」
焦りをあらわにした声の主は周一だ。紅月の声で気づいたのだろう。
「名取の若頭か。この娘の記憶を少し弄って"本来の主"とお前を逆に書き換える」
その直後、私は頭を鷲掴みにされ意識が遠のいた。
「なにを…!その子を解放しろ!!」
「今、娘の主はお主になっている。期限は1週間!それまで"偽りの主従"にこの娘が気付けぬのなら記憶全てを頂く」
「ふざけるな!」
「なぁに、お主にとっても悪い話ではなかろうて」
「どういう意味だ」
「記憶全てとはつまり、これまでの記憶は失われる。その後はお主が"本来の主"として娘を手元に置くことだってできるのだ」
何を言っているのか理解が出来なかった。偽りの主従?この子の記憶全てを奪う?そんなことをしたら、この子自身が的場へと抱いていた想いはどうなる?
「それでは1週間後の同刻に再び会おう」
そう言って妖は消えるように姿を眩ませた。
支えを失ってその場に倒れ、月明かりに照らされたの肌は青白く夜の闇に浮き上がっていた。
――期限まで、残り7日。