第3章 超局地的寒気団、襲来。
朝食を終えた勇利と純は、施設周辺の雪掻きを始めた。
「悪かねえ。純くんにまで手伝わせてしもうて」
「一宿一飯や済まない程お世話になっとるんです。これくらいさせて下さい」
勇利の父親の利也にそう返すと、長靴と用具を借りた純は、意外に慣れた手付きで勇利と一緒に除雪をしていく。
「純は、実家でも雪掻きしてるの?」
「せん事はないけど、僕のおる中心部は雪で難儀するいうんは滅多にないからなあ。隠居してはる舞鶴の伯父さんトコは凄いけど」
「舞鶴?」
「京都の日本海側の都市や。昔、僕が怪我して一時引きこもっとった頃、匿って貰う代わりに身の回りの手伝いと一緒に雪掻きもようやらされたモンや。それが嫌で、スケート再開する気になったんもあるし」
茶化すように答える純に、はたと勇利は彼の膝の事を思い出したが、そんな勇利に気付いたのか「普段の生活は殆ど支障ないから平気や」と言葉を続けて来た。
駐車場と正面玄関の雪をひと通り掻き出した後は、二手に分かれた。
勇利は、純曰く「トップスケーターで施設の息子な勝生勇利が自ら雪掻いとる姿をお客さんに見て貰ういうのは、基礎点もGOEも高いで♪」という事で、施設前の通りや細かい箇所を、一方の純は勇利の家族やスタッフが転倒しないように、裏口周辺の雪掻きをする。
北国の氷点下時に降る軽めの雪と異なり、昨日まで比較的温かかった所為か水分を含んだ重い雪を、純は肩や足腰に負担がかからぬよう注意しながら作業を繰り返す。
やがて、どうにか人が通る分には困らぬ程度に雪掻きを済ませた純が、少々疲労と身体が冷えてきたのもあり勇利に休憩を促そうかと思っていると、背後から物音と複数の日本語以外の会話が聞こえてきた。
「外国のお客さんやろか?えらい時期に来たもんやなあ」と内心思いつつも、純は彼らの方に向き直ると英語で声をかける。
「こちらはスタッフ専用の入口です。向こう側に看板のかかった正面玄関が、」
しかし、
「…」
「……」
純の黒い瞳が、驚愕とそれ以外の感情に見開かれたのと同じく、ヴィクトルの蒼い瞳が何処か不穏な光を湛えながら、純の姿を見据えていた。