
第2章 プロローグ~side RUSSIA~

──俺のした願い事は、ここまでの仕打ちを受けなければいけない程のものだったのかよ。
ユーリ・プリセツキーは、つい先日の12月25日にクレムリンの12時の鐘をTVで聴きながら、密かに独り願い事を唱えていたにも関わらず、許されるものならばこの世にいる全ての神に向かって蹴りを入れたい気分に陥っていた。
否、現に己の眼前でムカツクほど優雅な仕草でロシアンティーなどを嗜んでいるこの『スケートの神様』に、蹴りも拳も放ちたくてたまらないのだが。
モスクワにある国際空港のビジネスラウンジで、ユーリとヴィクトル・ニキフォロフは、韓国経由で日本へ向かう飛行機の到着を待っていた。
先日、ロシアナショナルとほぼ同日程で行われていたジャパンナショナルで勝生勇利が圧勝、四大陸選手権と世界選手権の出場を決めていた。
彼の優勝をユーリは当然だと考えていたが、それとは別にジャパンナショナルの勇利を通して、新たな興味が湧いてきた。
1つは、ジャパンナショナルのEXで見たこれまで全く知らなかった勇利の新たな能力と魅力を。
そしてもう1つは、その勇利のEXを手掛けたある1人のスケーターの存在だった。
勇利と同い年の彼は、かつては日本国内で勇利と1、2を争う人物だったらしいが、数年前の故障により競技を中断、そして今回のジャパンナショナルを最後に現役を引退していた。
総合的な能力は勇利に劣るものの、リンクを凍りつかせるような佇まいを始めリカバリー能力と柔軟性の高さ、そしてFSで見せた渾身の4LzやEXでの利き側と逆方向イーグルからの逆2Aなど多彩な技を持つ彼に、勇利とは違った意味で惹かれていたのも、誤魔化しようのない事実だった。
「次にカツ丼に会った時にでも、そいつの事聞いてみようかな」と漠然と考えながら、ユーリはいつものようにリンクでの練習を終えるとシャワーで汗を流し、そのまま自分の部屋に帰るつもりだったのだが、更衣室を出たユーリは、2つのキャリーケースを脇に置いたままヤコフの怒声を浴びている、ヴィクトルの姿を見つけた。
GPF後競技復帰したヴィクトルは、その後行われたロシアナショナルで優勝、本調子とまでは行かなかったがリビングレジェンドとしての健在ぶりを見せつけていた。
ここへきてジュニアとは違うシニアの厳しさや、何処か慢心していた己を痛感したユーリは、密かにリベンジを誓っていた。
