第1章 プロローグ~side JAPAN~
何処か似た者同士な純と藤枝は、共に過ごしていく内にいつしか互いをコーチと生徒ではなく、個人としても意識するようになっていたが、純は全日本選手権を終えたら今度こそスケートを辞めて、実家と地元の為に尽くさなければならないという固定観念から、藤枝と必要以上に接する事でスケートへの未練が募ってしまうのを恐れ、一方藤枝も、爆弾持ちの膝を抱えながらも懸命に現役最後の試合に臨む純に、競技以外の所で負担をかけたくないと思っていた。
しかし、心の奥底では2人とも互いを求めていたのもあり、特に藤枝はFS終了後勝生勇利の「EXで純のプロを滑りたい」「純の力が僕には必要なんだ」という言葉に、年甲斐もなく彼に対する嫉妬や対抗心のようなものが芽生えてしまい、その後「明朝、勇利とEXの練習に出かける事にした」という純を、ホテルの部屋で彼のマッサージにかこつけて押し倒した。
純もまた「いつか、こんな日が来ると思うてた」と、最初は脅迫紛いに迫ってきた藤枝に対して「そうやっていざ発覚した時に、僕が貴方に脅されてたいう言い訳を作るのはあかんえ。そんなん、フェアやない」「何で僕が、今日あんなにシャワーの時間かかったと思うてんねん」と、見透かすような純の黒い瞳が真っ直ぐに、だけどほんの少しだけ震えながら向けられた瞬間、藤枝は彼への想いが抑えきれなくなり、膝をはじめ純の身体をろくに気遣う余裕もないまま己の様々な感情をぶつけてしまったが、奥深い所での繋がりによる熱と痛みを感じながら、純は藤枝に応えるように抱き返した。
こうして紆余曲折を経て漸く恋人同士となったのに、自分より勇利を優先して彼の実家へ年越しに行くという純を、藤枝が面白くないと思うのは当然の事であり。
「俺の部屋のマッサージチェアに坐ってる時の方が、お前もっとイイ声出してなかったか?」
「~~~っ、アホ!もぅ、知らんっ!」
「拗ねるなって。明日はちゃんと伊丹まで送ってやるから」
目を赤く腫らせながら、ベッドの上で切れ切れの呼吸を繰り返している純の身体を抱き込むと、藤枝は顔を寄せる。
唇が重なる前に擽ってきた彼の髭の感触は、今の純には腹立たしいまでに心地良いものだった。