第4章 日露2大怪獣・ゆ~とぴあの決戦。
ヴィクトルが露天風呂の扉を開けると、予想通り勇利とは異なる黒髪の青年の背中が見えた。
恐らく彼も、自分がここへ来る事が判っていたのだろう。
不敵な笑みでこちらを振り返った純を敢えて無視すると、ヴィクトルは彼から少し離れて身体を湯の中に沈めた。
そのまま暫く両者の間で沈黙が続いていたが、ヴィクトルの刺すような視線にやや不快気な表情をしながら、純がロシア語で口を開いた。
「僕と勇利の名誉の為にも言うとくけど、今日の発表会のアレは狙って作った訳やない。件の女の子が拘りの強いコで、偶々勇利の声が彼女の失くした音源の声に近かったから、文字通りの緊急処置や。せやなかったら、あの勇利が進んで歌なんか歌う訳ないやろ?僕かてピアノは、素人に毛が生えたレベルやし」
「…」
「そんなに面白ないんか?僕と勇利が組む事が。ジャパンナショナルのEXは、勇利が望んできた事やで」
「…知ってる。勇利から聞いた」
寧ろ、勇利から理由を聞くまで純は自分の渾身のプログラムが軽視されているのではないかと、怒りすら覚えていたのだ。
その後勇利の返答を聞いて、更に彼の考えやポテンシャルの計り知れなさに改めて舌を巻く事にもなったのだが。
「ほんなら、下衆い勘ぐりは止めてくれへんか?一体アンタの中で、僕が勇利のどんな存在になっとんのか知らんけど、ユーロも控えとる中わざわざここまで来る必要がホンマにあったんか?」
「だから来たって、昼間も言った筈だけど?」
「プリセツキーくんまで巻き込んでか?」
重ねられた質問に、ヴィクトルは僅かに眉根を寄せる。
「あの子が勇利のスケートと勇利本人へ抱いとる想い、知らんとは言わさへんで。確かに礼儀はなってないし柄の悪いトコもあるけど、あの子の素直な性根を利用して道連れにする必要が、何処にあったんや?」
「…そういう君こそ、随分と俺に対して挑発してくれたじゃないか。『この勝生勇利を引き出したのはお前じゃない』ってね」
「事実やろ?」
「ジャパンナショナルで勇利に再会するまで殆ど没交渉だったクセに、こういう時だけ都合良く同期の立場を使うのかい?」
「…段々余裕のうなってきたな。そろそろハッキリ言うたらどうや?」
「──『お前』もね」
剣呑なヴィクトルの視線を臆す事なく受け止めた純は、彼につられるように湯船から立ち上がった。
