第3章 超局地的寒気団、襲来。
『アイスキャッスルはせつ』に到着した純とユーリは、優子や3姉妹達の歓迎を受けた後で餅つきを体験した。
ユーリは、予想以上に重かった杵にふらつきそうになるものの、子供用の杵を使う事を良しとせず、結局純と一緒に大人用の杵を操りながら、優子の合いの手で初めての餅つきを堪能していた。
「火傷と喉に詰まらせないようにだけ、気をつけてね」と優子に言われながら、黒蜜ときな粉をまぶしたつきたての餅を味わっていたユーリだったが、ふと隣に腰掛けて餅を食べている純に気付くと、彼に声をかけた。
「なあ、『サユリ』」
「それ、僕の事?」
現役時代の彼の名プロに引っ掛けたのか、ユーリは純をそう呼んだ。
「あいつは『カツ丼』、お前は『サユリ』だ。いいな?」
「そんなあだ名で呼ばれるのは、初めてやな。サユリは女性名なんやけど…まあ、ええわ。何?」
皿を置いてユーリを見つめてきた純に、ユーリは少しだけためらうような仕草を見せた後で口を開いた。
「さっきの話、俺にもムカツクほど判る。あいつが見てるのは、あのジジイだけって事」
「……」
「お前はまだいいさ。ノービスからあいつと同じ時期を過ごして、競技は引退したけど今でも同じ場所で、あいつのスケートに関わり続ける事が出来る。でも…あいつにとっての俺は、ただのクソ生意気な次世代のガキでしかない」
勇利やヴィクトルがいないのと、ロシア語の会話に不自由しない純を前につい口が軽くなったのか、ユーリは伏し目がちに言葉を続ける。
「あいつがGPFで引退を撤回したのは、ジジイと約束してた金メダルを逃したからなだけだ。優勝つっても俺はSPの貯金で逃げ切っただけだし」
「…結果も実力やで?」
「それに、あいつにとっては別に優勝したのが俺じゃなくても良かったんだ。せめて俺があいつと同い年…は無理でも、今の半分くらいの歳の差だったら、もう少し俺の事…」
そのまま項垂れるユーリを黙って見つめていた純だったが、
「──1つ、訂正や。勇利はちゃんと、君の事を1人のスケーターとして見とるで」
「…嘘だ」
「ホンマや。僕は、スケートの事に関しては嘘は吐かん。勿論、勇利の事もや」
無防備な表情でこちらを見てきたユーリに、純はほんの少しだけ眩しそうに目を細めた。