第2章 若き狩人達
「てめぇら何でいんだよっ!」
「勝生さん!純さんも」
「ヤコフに用があったからだよ。ついでにユリオの試合も観にね」
「ユリオも礼之くんもお疲れ様。シニアデビュー初戦が台乗りなんて、充分立派だよ。昔のユリオと同じだね」
「僕は、今シーズンの礼之くんの振付担当やし。SPもFSも素敵に滑ってくれて、ホンマに有難うな」
厄介な年長者3人の登場に、ユーリは露骨に表情を歪めた。
かつてリビングレジェンドと呼ばれた『ロシアの皇帝』ヴィクトル・ニキフォロフは、昨シーズンのGPSをはじめとしたすべての国際試合で、遂に愛弟子で公私共にパートナーでもある勝生勇利に金メダルを奪われ、同時に競技生活を引退していた。
こうしてコーチ業専任となったヴィクトルは、拠点を再び勇利の地元である長谷津に移し、時折ヤコフのサポートやアイスショーなどロシアをはじめ諸外国を訪れる日々を送っている。
そして勇利は、そんなヴィクトルを奪っただけでなく『ヴィクトルをリビングレジェンドから普通の人間にした男』として、最近では『漆黒の化け物』『銀盤のモンスター』などと、物騒なあだ名をつけられるようになってしまったのだ。
「何がモンスターだ。お前なんかカツ丼で充分なんだよ」
「酷いなあ。でも、僕もあのあだ名は大袈裟だと思う。モンスターなんて…だって僕は、僕を導いてくれたヴィクトルへの想いをスケートで返した事が、たまたま結果に繋がっただけだし」
「も~♪勇利はこんな人前で、恥ずかしいだろぉ?」
「ほんならその緩みきった表情筋今直ぐ引っ込めぇや、このデコが」
年長者達の大人げない会話を、礼之は半ば呆然と眺めていたが、彼らが去った後ではたと我に返ると、先程の表彰式とインタビュー以上に疲れた顔をしているユーリに近寄った。
「今度のファイナルは、カナダでしたよね」
「おぅ、今はもうプロんなっちまったけど、あのムカツクJJの地元だな」
「カナダの山奥ならぬリンクに降臨するだろう『漆黒の化け物』…僕、狩ってみたいです」
「…面白え。まさにひと狩り行こうぜってヤツか」
口調は柔らかだが、その青い瞳に並々ならぬ決意をの光を宿した礼之を見て、ユーリは心底面白そうに口元を綻ばせる。
2人の若き獣狩の視線の先には、今では相応の風格を漂わせるようになった勇利の背中があった。
─完─
