第10章 短編その1「春雨宿り」~明智光秀~
「あの・・光秀さんはいつから食べ物の味が解らないんですか?」
ふと聞かれた事を考えた。
光「さあ・・・いつからだっただろう。何故なのかもわからぬ。」
「お医者さんとかには見てもらっていないんですか?」
光「特に見せていない、ちゃんと食べていれば問題ないし、いちいち味が薄いだの、濃いだの、まずいだのそういうわずらわしさがないので俺としては都合がいい。」
それを聞いた麗亞はなんだか寂しそうに瞳を揺らすと。少し俯いた。
「味が・・解れば、もっと楽しいのに。」
光「お前が気に病むことはない。俺はお前とこうして一緒に団子を食べていると味かわからずとも楽しいと思うぞ。」
それを聞いてパッと顔が明るくなる。本当に忙しい女子である。いつも人の一言一句で、ころころと表情が変わる。それが楽しくていつも意地悪をしたくなる光秀なのだ。
団子を口にしながらふと上に下がっているしだれ桜を見上げる。木々の隙間から青く抜けるような空が見える。そこの端に黒い雲がふと見えた。
光(雨が来るな・・)
光「麗亞夕立が来そうだ。そろそろ山を下りるぞ・・・。」
「えっ?!」
ほんのり鼻に雨の香りもする。思ったより早く雨が降り出すかもしれない。
2人は、帰り支度をして、山を下り始めた。するとポツリポツリと雨が落ちてきた。
「もう・・ふりだしてきましたね。」
空は黒雲に覆われて、辺りはうす暗くなった。明りを持ってこなかったので、足元もおぼつかなくなってきた。
自分一人だと駆けて行くのもいいが、麗亞がいるとなるとそうもいかない。そうこうしているうちに雨脚が強くなってきた。そして、遠くの山で稲光がしたかとおもうと、少し間を置き、雷が鳴り始めた。
「きゃぁっ!!」
その音におびえて思わず耳をふさぐ麗亞。
光「大丈夫だ、まだ遠い。しかしこのままだと近づいてきた時に危険だな・・・。」
うす暗くなった山の中をふと見渡すと、少し先に小さな小屋があるのが見えた。
光「あそこに小屋がある・・・少し休むしかないな。さぁ、いくぞ。」
手を引いて歩いていく。
小屋にたどり着き戸を開けると、小さいながらも色々なものが置いてある。でも、しばらくは使われていないようにも思える。
山師が時々使う小屋なのだろう。暗がりに慣れてきた目で、火を起こす薪などを探す。