第10章 短編その1「春雨宿り」~明智光秀~
少し登坂になった細い道を抜けたと思った瞬間だった。
「わぁ・・・・・」
目の前に広がるのは見事な桜の群生した開けた場所だった。
立派な木が両脇にあり、その奥に一段と大きなしだれ桜が植わっていた。
光「どうだ?」
したり顔の光秀だが、この光景は流石に素晴らしすぎて、嫌みを言うのを忘れる位だ。
「凄いです!! 綺麗!! こんな所があるんですね。」
はしゃぐ麗亞を目を細めて見つめる光秀の心の中もなんだかいつものどす黒いものがすっかり抜け落ちたかのように清らかになる。
光(不思議な小娘だ、こんなにも俺の黒い胸の内を濯いでくれているような気持ちになる。)
このひと時だけは、自分がまるで綺麗なものになったかのようなそんな感覚になっていたのだった。
光「俺には眩しすぎる・・・な・・」
ふと小声でつぶやいた。
「何か言いましたか?」
光「いや、見事なものだなと・・・。」
「お花見ですね。これで団子があれば・・・。あっ?」
ふとさっき買った団子を思い出してキョロキョロする。そういえば先ほど光秀が取り上げたのだった。
すると光秀は一下げ包みを差し出した。
光「これ、だろう・・・?」
その手にはさっき買った団子の包みがあった。
「あっ、持ってきてくれていたんですね。」
すると懐から茶筒も取り出した。
光「茶も無ければ、のどに詰まるだろう?」
全く持って用意周到であるいつの間に茶筒を持ってきたのか、ハナからこういうつもりでいたのか。そこら辺は抜け目のない光秀であった。
「じゃぁ、あそこで、お団子食べましょう!! 明るいし温かそう!!」
はしゃぎながらしだれ桜の方に歩いていく麗亞の後を心持ちほっこりしながらついて行った。
麗亞は予備のたもとに入れている風呂敷を広げると草の上に置いた。
「ここにすわって食べましょう!!光秀さん!!」
麗亞の隣に座り見上げるとそこには見事な桃色のしだれ桜
他の薄い桃色とは違ってそこだけ濃い桃色である。
光「まるで紅梅のような色だな。」
「綺麗ですよね!! この時代に来て花見ができるとは思っていませんでした!嬉しいです。」
そう言いながら団子を包みから出して光秀に差し出す。
「どうぞ、光秀さん!!」
光「あぁ・・・。」
口元に運ぶとほのかに草の香りがした。