第29章 可愛いアナタ
その直後、勢い良く扉が引かれ開いた扉の向こうから翔ちゃんが飛び出してきて俺に抱きついた。
「まさきっ!」
俺の名前を呼ぶ声は明らかに泣いている声で、体は震えていた。
そんな翔ちゃんを俺は強く抱きしめ背中を擦ってあげた。
「大丈夫だよ…翔ちゃんは独りじゃないから…俺がずっと一緒にいるからね」
不意に口から出た言葉…なんでそんな事を言ったのかわからない。
ただあの時はその言葉を翔ちゃんが必要としてるんじゃないかと思ったんだ。
だから一晩中翔ちゃんを抱きしめながらその言葉を呪文のように囁き続けた。
そして朝目覚めた時、俺にしがみつくように寝ていた翔ちゃん。
「雅紀、ありがと…大好き」
目は腫れていたけど可愛い笑顔を見せる翔ちゃんがいた。
その日から俺と翔ちゃんのふたり暮らしが始まった。
ふたりだけになると今まで知らなかった翔ちゃんの実態があきらかに。
俺にとって翔ちゃんは頼れるお兄ちゃん的存在だった。だからなんでもこなせるもんだと勝手に思い込んでいたんだ。
しかし蓋を開けてみれば現実は大きくかけ離れていて家の事は何一つ出来なかった。
料理は勿論のこと、食器を洗うことも出来ないし洗濯も全くの未経験。
掃除はなんとか出来るから部屋と風呂場の掃除とゴミ出しは翔ちゃんの仕事…洗濯を畳むのはふたりでやって残りは俺の仕事となった。
食費と光熱費は入れてたけど家賃は払ってなかったし、なんだったら全部俺がやっても良かったんだけど翔ちゃんがそれは駄目だと言うから分担制にした。
ただ掃除にしても洗濯を畳むにしても必死にこなす翔ちゃんの姿が可愛いらしくて、次第に翔ちゃんに対して特別な感情が芽生えて来てしまったことには困惑した。