第17章 メガネの向こう側
櫻井が目を伏せると涙が頬を伝った。
「横断歩道の反対側にあいつの姿が見えた…
こっちに向かって歩き出したら、信号無視した暴走車があいつに突っ込んだんだ。
駆け寄って抱き上げたらさ、あいつ俺に笑えって言うんだよ…泣いてる俺に向かって笑えって…
あいつが頭から血流してんのに笑えるわけないじゃん…
それなのに『俺の為に笑ってくれ』って…
だから笑ってやった…
あいつの為に…俺に幸せをくれたあいつがそう望むなら笑ってやろうって。
でも、あいつがいなくなった今…俺は誰の為に笑えばいいんだよ…」
櫻井の瞳からは、涙が止めどなく溢れてる…
櫻井が死んだ恋人を、どんなに想っていたのかはわかった。
でも、それでも俺は、櫻井にこのままでいて欲しくない。
櫻井の腕を掴み、再び抱き寄せた…
「俺の為に笑ってよ…俺、先生のこと好きだ」
櫻井は俺の腕の中で首を横に振った。
「そんなこと出来ない…俺は、お前の気持ちには応えられないよ」
「なんで?」
「こんな過去を持った人間を好きになったら、お前は幸せになれない…」
「そんなことねぇよ」
櫻井はまた首を横に振った。
「あるよ…俺は一生あいつを忘れられない…
他の人間を想ってる奴を、お前は愛せるのか?」
「先生、俺、恋愛経験ゼロに等しいし、バカだからわからないけど。
でも、今の先生はその恋人との経験を経て作られたものだろ?
だったらさ、その経験が無ければ、今の先生じゃないんだよ。
俺が好きになった先生は『今』の先生なんだから、先生の過去の経験もひっくるめて『好き』なんじゃないのかな?」