第1章 プロローグ
エマは足を滑らせたように見せかけ、グッと右側に全体重を預けた。
太った男に体重を支えてもらうと、左側を歩く長身の男の腰めがけて思いっきり足を振りぬいた。
男はその衝撃で、手すりに体を打ち付ける。
しかし手すりは本来の役割を果たさず、その衝撃で根本から折れた。
男の身体は投げ出され、重力に従って落下をはじめる。
それを確認すると、エマは姿勢を低くし自身を支えてくれた肥えた男の脛を蹴り飛ばす。態勢が崩れた所で大きく膨らんだ男の腹めがけて肩から突っ込み、先程と同じように階段下へ突き落とした。
「ってめぇ!何すんだ!」
真後ろから『ボス』と呼ばれる剥げた男が、金切声を上げ掴みかかってくる。ヒョイとその手をかわし、足を引っ掛けてやると見事に一回転しひっくり返った。エマは仰向けに倒れた『ボス』を冷ややかな目で見下ろすと、男の喉に狙いを定め思いっきり踏みつけた。
静まり返ったその場でただ一人。『ボス』だけが声にならない悲鳴を上げている。しばらくは呼吸困難で動けないだろう。
「…こいつ!なめやがって!!」
つかの間の静寂は叫び声によって壊され、数人がナイフを片手に襲いかかってくる。
本当はこのまま地上へ帰りたいところだが、両手が使えない今の状況では分が悪い。
エマは脚に力を入れると、階段を強く蹴り地下へと飛び降りた。
(うわ!不味い…)
高いところから飛び、着地をする。
この動きは職業柄、得意としているはずだった。
しかし意に反してエマの身体は体制を崩した。
やはり両手を使わずバランスを保つのは至難の業だ。
一度は足で着地をしたエマだが、その衝撃をすべて吸収できない。
体の右半身をから石畳へなだれ込む。
身体をよじり自身の身体を確認すると、右肩から肘にかけて大きく擦り剥き、血が滲んでいた。
頭も少し打ってしまったのか、足に力を入れると立ちくらみがする。
階段の上から男達が駆け下りる音が響いてくる。
……とにかく今は『逃げる』この一択だ。
エマは薄暗い路地へと駆け出した。
1章 END