第3章 女主人
そうだ、俺は何を勘違いしていたのだろう。優しく接して貰えて、良いものを食べさせて貰って綺麗な服を着せて貰えて…調子にのっていたのかもしれない。
俺はご主人様に買って貰った奴隷なんだ。
あの綺麗な人を取り巻く、何人もの愛人の中のただの一人に過ぎない。いや、俺は愛人にもなれない奴隷だ。ご主人様が飽きてしまったらきっと捨てられてしまう。
何時昔の生活に戻ったとしてもおかしくないのだ。
それに俺の今の状態は、全くの役立たずでお荷物なだけじゃ無いか。
このままじゃ、明日にでも俺はご主人様に捨てられてしまうかもしれない…そう思うと全身から力が抜けて震えが込み上げてきた。
もう奴隷として売られるのは嫌だ!あんな場所に戻りたくない!
俺はもっと頑張らなくちゃいけない。
ご主人様の役に立てるように、ご主人様を楽しませることが出来るように。
敬語だってちゃんと話せるようになろう。テーブルマナーだって、立ち居振舞いだって、それにご主人様を楽しませることが出来る様々な知識や会話術も必要だ。他の奴等に負けないように、俺自身が良い男にならなければ。
あの執事、ベルクールさんの動きはとても洗練されていて優雅だ。見目も良く、ご主人様に静かに付き従う彼の姿は違和感がなく、ご主人様の側に仕えることが当然とすら思える程だった。
「ベルクールさんにも、負けたくない…」
あの夜…ご主人様を抱いて浴室へと消えていったベルクールさん。ご主人様は彼の姿を見ると、安心したように表情を緩めた。ご主人様はベルクールさんの事をとても信頼しているんだ。
それは今の俺には無いものだ。でも、俺にもそうして欲しい。俺がご主人様の支えになってご主人様をお守りしたい。
ベルクールさん以上に俺はご主人様のお側に居たい!
「マリア、さま…マリア様…」
初めてご主人様の名前を知った時、ご主人様のお名前を口にするとベルクールさんに頬を叩かれ怒られた。奴隷風情がご主人様の名前を呼んではいけないと。
それでも、こうやって一人で居るとき位は呼んでも許されるだろう。
ご主人様のお名前を呼ぶと、何だかドキドキして体が熱くなる。俺が彼以上に役に立ってご主人様に気に入って貰えたら、もしかしたらお名前を呼ぶお許しが出るだろうか?
「マリア様…」
俺は誰よりもご主人様の役に立ってみせると心に決めた。