第3章 女主人
ご主人様はあの日から部屋でお休みになられている。どうしても心配で、ご主人様の様子が知りたくて俺は廊下を歩いたいたベルクール…ベルクールさんを呼び止めた。
「あの、ベルクールっ、さん」
俺の声に足を止めると、ベルクールさんは俺を見て目を細めた。
「ノアール、ちょうど貴方の部屋に行くところでした」
廊下で話すのも何ですので、と示された空き部屋に入った。ベルクールさんと二人、部屋の中で向き合う無言の空間がとても居心地が悪い。
「ノアール、マリア様は何も言いませんが…このまま貴方が役立たずで居るのであれば、奴隷商人の元へ戻します」
「っ!」
その言葉に親方の元にいた時の事を思い出した。飯もろくに貰えず、憂さ晴らしに殴られ蹴られる奴隷の生活。そんな生活に戻りたくない!
「嫌だ!俺、あんな場所に戻りたくない!」
「そうでしょう?ならマリア様の役に立ちなさい」
「役に…」
ベルクールさんが俺の股間を指差して鼻を鳴らした。
「貴方の仕事が何かは、きちんと言ったはずです」
俺は彼の問いかけに唇を噛むとしっかりと頷いて見せた。
「今度は大丈夫だ、です。ちゃんと出来、ます」
「えぇ、そうで有ることを祈りますよ」
話しはそれだけです、と部屋を出ていこうとした彼を慌てて引き止めた。
「あのっ」
「何です?」
聞きたいことは二つ有ったけれど、一つは言いにくくてもう一つを口にした。
「ご主人様は元気、ですか?」
「えぇ、お元気ですよ。先程は暇で仕方がない、街に出たいと駄々をこねていらっしゃいました」
それを聞いて安堵の息をつく。もうご主人様のあんな姿は見たくない。
「それだけですか?では…」
「ま、待って下さい!」
まだ何か、と眉を潜めた彼の姿に迷いながらも思いきって口を開いた。
「あのっ、ベルクールさん、はご主人様の恋人なのか?」
俺の質問にベルクールさんは驚いたとばかりに目を見開いた。そして、何を馬鹿なと鼻で笑うと俺に冷たい視線を向けた。
「違います。言ったでしょう?私は執事です。あの方を一度も抱いたことなど有りません。それに…」
一度言葉をきると彼は自嘲的な笑みを浮かべた。
「あの方が恋人を作るなど有り得ません、勘違いをしないように。貴方も複数居る愛人の中の一人なんですよ」
そう言って彼は部屋を出ていった。