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ただ一つの心を君に捧げる

第3章 女主人


「ご主人様!」

俺は慌ててご主人様を抱き起こした。主人様の肌は白いのだけれど、以前見た時より更に白く紙よのうだった。
体はぐったりと力を無くして、俺に優しく触れていたはずの手も今は床へと垂れていた。

「ご主人様、どうしたんですか!ご主人さ…っ」

フワリとご主人様から香った臭いに眉を潜めた。何時ものご主人様の甘い香りに汗の匂い、それから俺が良く知る…

「精液の、臭い…」

反射的にご主人様の足元に目をやった。ご主人様の足を伝い濡らすそれは間違いなく男の精液だった。
っ、何だこれ?ご主人様が、何で…



「マリア様!」

俺が呆然としていると、廊下の向こうからベルクールが走って来た。例え人が死んだとしても顔色を変えなさそうな男が、血相を変えて髪や服が乱れるのも構わず慌てている。

「マリア様!」

「っ!?」

ベルクールは俺の事など目に入らないのか、俺を乱暴に押し退けるとご主人様をその腕に抱いた。俺は押されて尻餅をついたままその姿を眺めていた。

「マリア様!マリア様!…くそっ、あの乱暴者め!やはりマリア様に近づけるんじゃ無かった…」

悔しそうにそう口にして、ベルクールは震えながらご主人様を抱き締めた。

「あの野郎、殺してやる!」

「ベル…」

「マリア様?!」

ご主人様が目を開いた。そしてベルクールの姿を目にすると、安心したように表情を緩めた。その見たことの無いご主人様の安らかな表情にズキンと胸が痛んだ。

「何故私をお呼びになられなかったのですか?!」

「…だって、もう夜も遅いわ。貴方に負担をかけたく無かったのよ…」

「そんな…私は貴女の執事です、気を使う必要など無いんですよ」

ベルクールに抱き締められたご主人様が微笑んで目を閉じた。

「そうね、貴方は私の執事だったわね…ベル、湯浴みをしたいわ…」

「…承知しました」

そのまま意識を失ってしまったご主人様を大事そうに抱き上げたベルクールは、ご主人様を起こさぬよう、弱った体に負担をかけないようにゆっくりと歩き出した。
その姿はただの主と執事の関係と言うだけでは無く、もっと親密で、濃厚な…そんな関係のように見えた。

ベルクールは俺に目もくれなかった。ただご主人様だけを見詰めていた。

俺はそんな二人の姿に小さな苛立ちと嫉妬を覚えたのだった。
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