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ただ一つの心を君に捧げる

第3章 女主人


「マリア様、昨夜はお眠りになられなかったのですか?」

ベルクールが気付けにと濃い目の珈琲を入れてくれた。私は気の進まない朝食は諦めて、珈琲へと手を伸ばした。一口飲むと少し頭がはっきりとしたように感じる。

「…少しね」

「そうでしたか…もっとしっかりと仕込んでおくべきでした。申し訳ございません」

ベルクールが私に頭を下げた。ベルクールは何時も真面目すぎるのだ。私は苦笑いを浮かべると、頭を左右に振って見せた。

「昨日は緊張していたんでしょう。ノアを責めないであげてちょうだい」

「承知しました」

珈琲をまた一口飲むと、ベルクールが私の前にカップケーキを置いた。私の好きな果物の入ったカップケーキ。ベルクールは朝食を食べないのならこれだけでも食べろと言うのだろう。
確かに何も食べないのは体に良くない。私はベルクールの差し出したカップケーキを手に取った。

「ところでマリア様、ノアとは?」

「あぁ、そう言えばまだ言ってなかったわね。あの子の名前、ノアールに決めたのよ。無いと呼ぶのに不便でしょう?」

「ノアール…黒、ですか」

「そうよ。捻りは無いけれど、我ながらなかなか良い名前だと思うのよ」

得意気に胸を張って見せると、ベルクールの鉄面皮な顔が僅かに緩んだ。口許が引き上がり、冷たい表情が暖かく笑みを称える。

「えぇ、流石はマリア様です」

「ふふっ…そうでしょう?」

ベルクールはもっと笑えば良いと思う。顔に傷は有るけれど、笑えば人形のような無表情が優しい印象に変わるもの。それに女の子にももっと人気が出ると思うわ。
私はカップケーキの最後の一欠片を口へと放り込んで、残りの珈琲を飲み干した。

「さて、今日は午後からロナウドが来るのだったわね…ベル、その後の予定は全て中止にしてちょうだい」

私の言葉に、先程まで笑っていたベルクールの顔が一瞬強張った。そして直ぐ様何時もの執事の仮面を被ると恭しく頭を下げる。

「承知しました。夕飯はどうなさいますか?」

「そうね、ロナウドは何時も夢中になると長いから…後で軽く摘まめるものでも用意しておいてちょうだい」

「はい」

きっとロナウドに会った後は動く気もおきなくなるだろうから、今日終える予定の仕事を出来るだけ終えてしまいたい。私は口許を拭い、席を立つと残った仕事を片付ける為に歩き出した。
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