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ただ一つの心を君に捧げる

第3章 女主人


「触られるのが嫌だったかしら?」

私の問いかけに、私の笑顔でまた真っ赤になってしまった顔を否定に左右に振った。どうやら私に触られるのが嫌だった訳では無いらしい。なら一体どうしたのだろうと首を傾げていると、青年が小さく口を開いた。

「…不幸に、なり、ます」

「不幸?」

青年の言葉が理解できなくて、彼の言葉を繰り返した。すると彼は、そうですと言いたげに真剣な顔で頷いた。

「…お、俺は呪われた一族だから、触ったらその人が不幸になるんだ」

私が彼に触れたら不幸になってしまうと思い、彼は慌てて私から距離を取ったのだろう。何て可愛らしい、と私は込み上げる笑いを抑えることが出来なかった。

「ふふっ、では貴方は私が不幸にならないようにしてくれたのね?」

「そ、そう、です」

笑いだした私に戸惑う青年の姿がまた初々しい。あの時は気紛れに買っただけの青年だったけれど、良い買い物をしたかもしれない。

私はそんな彼の手に自分の手を重ねた。

「っ!?」

私の手の下で、彼の手がビクンと震えた。

「だ、駄目だ!ご主人様が不幸に…」

「それなら大丈夫だわ。私と関わった人間も不幸になるのですって。社交界ではもっぱらの噂よ?」

私の言葉に青年が驚いたように目を見開いた。

「失礼よね、何の根拠も無いのにそんな事を言うのよ?」

口先を尖らせて拗ねて見せた後、こんな自分はやはり彼も嫌がるだろうかと考えて苦笑いが浮かんだ。

「貴方も、こんな私は嫌かしら?」

「っ、いえ!いえ!嫌だなんて、俺は…」

青年が前のめりになり私の手を両手で握った。そして必死になって自分は違うと訴えてくる。

「ご主人様は俺を奴隷商人の元から救ってくれた恩人で…優しくて、綺麗で…女神様みたいな人だ!俺は、女神様と一緒なら不幸になったって構わない!」

そう言い切った青年の黒い瞳は、私を真摯に見つめキラキラと輝いて魅了されるほどに美しかった。





彼は私に買われたのだ。

彼は分かっているのだろうか、自由を奪われた籠の中の鳥のような状況に自分がいるのだと言うことを。そして自分がこれからどんな事をしなければならないのかと言うことを。

彼は私を優しいと言ったけれど、私は優しくなんか無い。だって、彼を籠の鳥にしているのはこの私なのだ。

彼を買ったのは私。
だから彼をどう使おうが私の自由なのだから。
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