第1章 【カラ松×一松】約束
あの後店を出た僕は、通行人の視線を少しだけ集めながら近くの公園にやって来ていた。
噴水の前に置かれたベンチに座り、ひとつ溜息を吐く。
あと十分程で兄さんとの約束の時間が来てしまう。
その前にこの顔を何とかしなくてはと、おばちゃんが貸してくれた氷のうをまだ熱を持ったままの目元に押し当てた。
急激に冷えていく瞼が悲鳴を上げるが仕方ない。
この状態で会えば、兄さんはきっと一人で焦って、何かあったのか誰にやられたんだと捲し立てるだろう。
その光景が容易に想像出来て自然と口元が緩む。
だけど僕は兄さんに自分の弱った姿を見せてはいけない。
それは兄とは言え、同じ歳の兄弟に自分の弱い部分を見せたくないとか格好つけたいとかそんな幼稚な理由ではない。
ただ、僕は見てはいけないのだ。
怪我をしている僕を、泣いている僕を見て、泣きそうな顔をする兄さんを。
自分が痛い訳でも辛い訳でもないのに、兄さんはいつもあの顔をする。
それは他の兄弟が同じ状況になったとしても同じなのだけど、僕はそれを自分だけに向けて欲しいと思ってしまうのだ。
最初は単に心配してもらえることが嬉しいのだと思っていた。
けれど、それがもっと別の感情を孕んでいることに気付いてしまったのは、今年の夏。
決して弱くはないがいつも地区大会止まりだったうちの野球部が県大会準決勝まで進んだ。
学校全体が野球部を賞賛、応援し、当然僕も弟の晴れ姿を見るために三人の兄と一人の弟と一緒に球場に足を運んだ。
しかし、結果は四位敗退。
前半は好戦していたけれど後半のスタミナ切れに対応出来ない人数の少なさが仇になったと、スタンドで僕の後ろに座っていた年配のじいさんがそう話していた。
けれど、そんなことはどうでも良かった。
それが事実であろうと無かろうと、うちの高校の野球部が、十四松が負けたことに変わりはないのだから。
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