第5章 【伊武崎峻】言えなかったこと
鳥居辺りに居るはずの茜を探していると、彼女はすぐに見つかった。
「~!」
白地に水色の紫陽花が散りばめられた浴衣を着た茜が、浴衣を着ていることなんて忘れて、こちらに向かって大きく手を振っている。
「ちょっ!浴衣着崩れちゃうよ!?」
茜のところまで駆け寄りながら言うと、彼女はしまったって顔をしてから「だいじょうぶだいじょうぶ!」と笑う。
ぱっと見た感じ、崩れたりはしてなさそうだから良かった。
「もう……気を付けてね」
茜は普段から大人しい女の子ってわけじゃないから難しいだろうけど、言うだけ言っておくと、やっぱり「は~い」と軽い返事が返って来た。
いつもは二人揃ったら階段を上って上の出店に行くけれど、今日は二人共下駄だし、花火の時間までは下の出店を見て回ろうと言うことになった。
「も晩ご飯まだだよね?」
「うん、まだ食べてないよ」
「んじゃまずはご飯系だね〜」
二人横並びで歩ける程度の人通りの中を、時々出店に並ぶ人の列を避けながら歩く。
「たこ焼き、焼きそば、イカ焼き……ぁ!焼きおにぎりもある!」
きょろきょろと辺りを見渡して、めぼしいものを挙げていく茜の声を聞きながら、自分の食べたいものを思い浮かべた。
「私焼きそばがいいな」
焼きおにぎりも、家でなかなか出て来ないメニューだから捨て難くはあるけど、やっぱり夏祭りと言えばこれだろう。
それに、おにぎりを半分にするのはちょっと面倒臭い。
「じゃあさ、私たこ焼きにするからちょっとずつわけっこしようよ!」
「ふふっ、言うと思ってた」
大体、毎年こういう流れになるのはわかっていて、それを見越してメインのご飯を選ぶ。
あとは適当に、食べたくなれば焼き鳥なんかの手で食べれるものを買い、小腹を満たす。
もちろん甘いものは別腹だけど。
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