第1章 【カラ松×一松】約束
どう言い訳するか、どうやって彼女を納得させるかを考えながら店の方に体を向けた。
カランカランとつっかけの音を連れて僕の元に駆け寄って来た彼女は、息を弾ませながら僕の右手を掴む。
「一松ちゃん…」
彼女はされるがままになっている僕の右手にしっかりとそれを握らせると、困ったような表情を浮かべて僕を見上げた。
「こんなにたくさんはもらえんよ」
手渡された一枚の硬貨はほんのりと熱を持ち、僕の掌を温める。
僕は滲んだ汗のせいで滑り落ちそうになっている五百円玉を握り直して、こちらをじっと見つめる彼女の瞳から逃げるように目を逸らした。
「これは、日頃のお礼……と言うか、」
僕は別に、彼女を困らせたくていつもより多めにお金を渡した訳じゃない。
彼女が猫達のために買ったものを安く買わせてもらっていることがただ申し訳なくて、だけど、それをどう伝えればいいかわからなかったんだ。
「だってどう考えても、猫缶が一個五十円って安すぎると思うし……」
その先の言葉が喉に突っかかったように出て来なくなって、自分の不甲斐なさにきつく唇を噛んだ。
こんな下手な言葉じゃ彼女を納得させることなんて出来ない。
目の前から小さく息を漏らす音が聞こえて、少し身構えていた僕の手に温かい掌が触れる。
「そんなこと気にせんでえぇんよ」
彼女は五百円玉を握ったままの僕の手を優しく握って続けた。
「一松ちゃんは、わたしが行けない場所に居る猫ちゃん達にご飯を持ってってくれてるんだ」
ゆっくりと優しく語りかけるような言葉に、僕の視線は自然と彼女へ移る。
「寧ろわたしがお礼したいくらいだよ」
少し疲れた顔で微笑む彼女があまりにも優しすぎて、ゆらりと揺れた目の前が涙で滲んでいくのがわかった。
僕は咄嗟に視線を地面に落として、零れ落ちそうな涙を堪えながら小さく頷くだけで精一杯だった。
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