第5章 【伊武崎峻】言えなかったこと
すぐには止まってくれない涙をただただ拭っていると、誰かの来訪を告げるチャイムの音が聞こえて来た。
やって来たのが誰かなんてわかりきっている。
だって今日は、毎年お菓子の交換の約束をしている日で。
目の前の自分の机の上には、ピンクの四角く平べったい箱に赤いリボンで可愛くラッピングした生チョコが置いてある。
峻は義理のつもりかもしれないけど、私は毎年本命だと思って作っている。
放課後教室で見たあの子が渡したチョコだって、きっと義理じゃない。
そう思うと、胸がぎゅっと押し潰されるみたいだった。
「こんな顔…見せられないなぁ…」
涙は止まった。けれど、峻を待たせる訳にもいかない。
少しの間考えあぐねいていた私は、部屋の窓を開け放ち玄関の方向に顔を向ける。
そこにはやっぱり小さめの紙袋を持った峻が居て、私は少し大きめの声で叫んだ。
「峻!」
私の声に反応した峻の顔がこちらに向けられて、目が合った。
この距離じゃ目が腫れてたってバレないだろうと思ったけど、実際どうなんだろう。
「鍵、開いてるから…部屋まで取りに来て!」
それだけを簡単に伝えると、小さく頷いた峻が玄関の扉に手をかけるのが見えた。
そこまで見届けた私は直ぐに窓を閉めて、部屋の入口の壁にかけてある鏡に向かう。
鏡に映った私の目元は少し赤くなっていて、正面から顔を見られたら絶対泣いていたことがバレてしまうと思った。
かと言って、今から何か出来るわけでもない。
何か言われたらその時はその時で、上手く誤魔化そう…なんて考えているとすぐ側の扉が軽くノックされた。
「……?」
控えめにかけられた声は、いつも通りの峻の声。
だからこそ私に答える余裕なんてなかった。
あの子とはどうなったのって…、問い質してしまいそうになるから。
そんな資格、私にはないのにね。
「……なんかあったのか?」
いつまでも扉を開けようとしない私を心配して言ってくれてるのに、それは峻の方でしょ、なんて思ってしまう私は本当に馬鹿だ。
「俺……今日、お前に話さなきゃいけないことがあるんだ」
峻の今までにない真剣な声が扉越しに聞こえて、私は目の前が真っ暗になるのを感じた。
聞きたくないって、心の全部が拒絶していた。
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