• テキストサイズ

誰得?俺得!!短編集

第5章 【伊武崎峻】言えなかったこと





それが寂しくないわけじゃなかったけれど、学校が終われば今まで通りお互いの家で遊んでいたし、家ではこれまでみたいに名前で呼び合っていたから、あまり気にならなかった。

これからもずっと一緒に居られると勝手に勘違いして、安心していた。

だからこそあの日、どうしようもなく焦ったんだ。



あと一ヶ月で卒業……、と言っても同じ小学校の子はほとんどが同じ中学に進学するとわかっていたから、寂しさはなくどこか実感のないふわふわとした感じで日々を過ごしていた。

あの日もそんな一日を終えて、少し薄暗くなった廊下を歩いていた。

日誌を出しに職員室に向かう途中、峻のクラスの前を通りかかって誰か残っているかなと窓越しに教室の中を覗く。

そして、そこにある人影がよく見知った顔で驚いた。

あまり人の残っていないこの時間なら一緒に帰れる。

そのことが嬉しくて、教室の扉に駆け寄った私は見てしまったんだ。



峻ともう一人、女の子が残っているのを。



扉に伸ばした掌を慌てて引っ込めて、嫌な音を立てる自分の胸の辺りをぎゅっと握り締める。

今日が何日か、それは私が一番よく知っていて。

峻とその子がなんで二人で残っているのかも、何となく予想がついた。

このまま、目の前で起こることを見ているなんて出来なくて私はその場から走って逃げ出した。

ランドセルに入ったままの日誌なんて、その時はどうでも良かった。



今日はお母さんがパートで居ない日。

だから乱暴に家の扉を開け放っても、怒られることはない。

玄関で靴を脱ぎ捨てて二階の自分の部屋に駆け込んだ私は、ふかふかのベッドに勢いよく飛び込んだ。

直前に投げ出したランドセルが床にぶつかる音がして、“物を大切にしなさい”というお母さんの言葉を思い出す。

のろのろと体を起こして仕方なくランドセルを勉強机に置くと、机の上にぱたぱたと雫が落ちた。

そこで初めて、私は自分が泣いていることに気付いた。



峻はすごく優しいし、努力家だし、運動神経も悪くない。

彼のいい所を知って、好きになる女の子が居ないはずがなかったんだ。

峻もあの頃は私を好きでいてくれたかもしれないけど、今もそうかなんてわからない。



峻が私の隣から居なくなってしまうかもしれないという不安からか、涙が止まることはなかった。



/ 55ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp