第1章 【カラ松×一松】約束
ただ、薬屋であるはずのこの店で何故猫缶を売っているのかと言う疑問は小さい頃からいつも感じていた。
今なら、猫好きの店主が野良猫のために買った餌の一部を商品として店に置いていたのだろうと予想がつく。
最近では店に猫缶が並ぶこともなくなってしまったが、僕は未だにここで猫缶を買わせてもらっている。
ここの商店街にはキャットフードどころか猫缶を売っている店もない。
買おうと思ったら、学校前から出ているバスに乗って十五分程の所にあるデパートに行くしかないのだ。
僕は定期的に小遣いをもらっている訳ではないから、そんなに頻繁にバスは使えない。
この店の存在は僕にとってかなり有難いし、何よりここに来ればたくさんの猫達に会える。
ぼーっと薬棚の方を見つめていた僕は、突然手の甲に感じた何かが這う感覚に驚きそちらに目を向けた。
知らず知らずのうちに撫でる手を止めていたのだろう。
動かなくなった僕の手を、小さな舌でもっと撫でろと催促するように舐めてくる猫の姿に自然と頬が緩んだ。
その時カランカランと言うつっかけの音が耳に入り、僕は少しの名残惜しさを感じながら猫の頭をひと撫でしてその場に立ち上がった。
「はい、持って行きんさい」
そう言って目の前に差し出されたビニール袋の中には、いつも通り猫缶が三つ入っていた。
僕は出来るだけ急いで鞄の中から財布を取り出し、さらにその中の小銭を数枚手に取る。
取り出したそれを少し汗ばんだ掌で握りしめ、もう片方の手でビニール袋を受け取った。
「いつも分けてもらってすみません」
僕は小さく頭を下げながら、こちらに差し出されたままの皺くちゃで温かい掌に小銭をのせる。
「いいんだよ、猫ちゃん達によろしくねぇ」
そう言って微笑んでくれる彼女に不器用な笑顔で返して、事がバレてしまわないうちに店を出てしまおうと踵を返す。
上手く笑えていただろうか、引き攣った笑顔になっていなかっただろうか。
そんなことばかり考えながら足を動かしていると、いつの間にか表通りに立っていた。
何も言われないまま店から出れたことに安心して、ほっと息をついたその時、
「待ちんさい!」
店の方から焦りと少しの怒りを含んだ彼女の声が聞こえ、あぁ、バレてしまったのだなと思い立ち止まる。
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