第5章 【伊武崎峻】言えなかったこと
生まれた時からずっと一緒だった。
そんな、どこにでもあるような話。
もともと母親同士の仲が良くて、物心ついた頃からお互いの家を行き来するのが日常になっていた。
幸い、峻は男の子の中でも大人しい方だったから、口数の多くない私でもあっさりと打ち解けることが出来た。
他にも何人か近所で仲のいい女の子、幼稚園で新しく出来た友達は居たけれど、やっぱり一緒に過ごした時間が一番長いのは峻だった。
幼稚園に入園する少し前だから、四歳の頃だったと思う。
その日、私と峻は二階で一緒に絵本を読んでいて、お母さん達はリビングでお茶をしながらこれから通う幼稚園の話をしていた。
もう今までに何回読んだかわからない『ヘンゼルとグレーテル』。
私も峻も、物語の中に出て来るお菓子の家が大好きだった。
途中で喉が渇いた私達はジュースをもらいに下に降りて、お母さん達が“将来二人が結婚すればいいのにね”なんて冗談で言っているのを聞いたんだ。
幼いながらにその話の意味が分かってしまった私達は、お互い真っ赤になった顔を見合わせてリビングに入らないまま部屋に戻った。
その後二人で、“大きくなったら結婚しようね”って指切りしたのを、峻は覚えているだろうか。
約束をしてから、峻はそれまで以上に優しくかっこよくなろうとしてくれていたし、実際すごくかっこよくなった。
だから私もその隣に並んでいられるように、友達には優しくしよう、もっと可愛い女の子になろうと決めていた。
だから私の学年の女の子の間では、峻は私の王子様と決まっていた。
今思えば恥ずかしくて死にたくなるけれど、それくらい峻の隣に居るのが当たり前になっていた。
けれど、そんな“おままごと”みたいな関係が許されたのは幼稚園までの話だ。
男女の幼馴染なんてものは、小学生にもなると揶揄いの対象でしかない。
そこから疎遠になって行くのがなんとなくわかっていたから、私達はそうなる前に距離を置いた。
まぁ、クラスが別々だったからそんなに難しいことでもなかったけれど。
学校では必要以上に関わらないようにして、お互いの呼び方も名前から苗字に変えた。
幼稚園から仲のいい友達には「急にどうしたの?」とか「もう好きじゃないの?」とか色々言われたけど、揶揄われたくないのだと言えば納得してくれた。
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