第3章 【倉持洋一】Realize
気付く機会はいくらでもあったはずなのに、なんで今の今まで気付かなかったのか。
いや、俺はきっと本当はわかっていた。
わかっていたからこそ、認めたくなかったんだ。
俺は彼女のことを何も知らないどころか、話したことすらない。
それなのにこんな感情を持つのはおかしいというか、なんとなく軽いような気がして自分の中で納得がいかなかった。
だから、気が付きかけたそれをなかったことにして、彼女を意識しないようにしていた。
❝意識しないように❞なんて思っている時点でもう手遅れだと、今になって思う。
だけど、そうしようとすればする程彼女が気になって、気が付くと自然と彼女を探すようになっていた。
それが何を意味しているかなんて、よほど鈍くない限りわかってしまう。
生憎、俺はどっかの誰かさんのようにそういうことに鈍くもなければ疎くもない。
俺は、自分の感情から逃げていただけだったんだ。
けれど、それも今日で終わりだ。
気付かないふりをしてどこか奥の方に押し込んでいたそれは、無視できない程大きくなっている。
それこそ、今すぐにでも吐き出してしまえそうなくらいには。
けれど、話したこともない奴にいきなりそんなことを伝えられたら、引いてしまうのが目に見えている。
それか自分でも思っていたように軽い奴だと思われるかだ。
俺がまず最初に彼女に伝えるべきなのは一つだけ。
スタンドへと続く階段の手前で立ち止まり、膝に手をつく。
上がった息を落ち着かせるように深く息を吸って目を開くと、彼女の背中が見えた。
肩の上下も、息苦しさも治まってきているのに、心臓の音だけが速いままだ。
一度認めてしまえば、その音ですら心地よく感じた。
それがどんな感情から来るものなのか、俺はもう知っている。
*