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誰得?俺得!!短編集

第3章 【倉持洋一】Realize





俺は、いつからそいつの存在に気付いていたんだろう。



かなり前だったような気もするし、ついこの間だったような気がしないでもない。

そいつはいつも日が暮れてからスタンドに来て、何かを描いている…のだと思う。

真剣にグラウンドを見つめていたかと思ったら、ふとした瞬間に頬を緩めていることを、俺は知っている。

ここから彼女の表情がわかるのだから、彼女の目にグラウンドに居る誰かの姿が映っていてもおかしくない。

初めは、あんな風に想われている誰かが純粋に羨ましいと思っていただけだったと思う。

野球部の試合や練習を見に来る女子なんて、ミーハーな奴か部員の彼女か友達くらいのもんだ。

ただ静かに、見守るようにグラウンドを見つめる彼女が前者でないことだけはわかっていた。

じゃあ、誰かの彼女か……。



そう考えた時、胸ん中の奥の方に生まれた少しの違和感に、自分自身驚いた。

名前もクラスも、学年すら知らない彼女に想われているであろう誰かに、俺は嫉妬していたのだ。



一目惚れなんて、漫画や小説の中だけのものだと思っていた。

自分がそんな、見た目だけで惚れるみたいな惚れ方をする人間だなんて思いたくもなかった。



そんならしくもないごちゃごちゃとした感情を振り払うように、こちらに向かって真っ直ぐに投げられたボールに目をやる。

そこからは何も考えず、本能のままにバットを振り抜くだけ。

独特の金属音とともにやって来る一瞬の掌の痺れを無視してバットを振り切り、一塁ベースへと駆ける。



走っているとたまに、改めて思うことがある。

俺はこの、スパイクで土を踏み付ける感触も、ただ只管手と足を動かしている時に感じる風も、物凄く好きなのだと。



余裕でベースを踏むと、グラウンド脇でアップをしていた沢村がスゲェスゲェと騒いでいるのが聞こえた。

いつも見てんだろうが、なんて言って馬鹿にしたように笑ってみるが、内心満更でもない自分がいる。



不意に、あいつも俺を見ていたのかと気になって、彼女がいつも座っている場所へ目を向けた。

そこに、居るはずのない人の姿を見た気がして心臓が嫌な音を立てる。

自然と逸らしていた視線をまたスタンドの方へ向けると、やはりそこには俺の尊敬する人の姿があった。


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