第3章 【倉持洋一】Realize
無表情のまま私を見つめていた小湊先輩の表情が、少し緩んだ気がした。
「案外簡単に認めたね」
あなたがそうさせたんじゃないですか、とはとてもじゃないが言えそうにない。
言葉に出来ない分わざと表情に出していると、それを見た小湊先輩が楽しそうに笑って口を開いた。
「あいつの、どこが好きなの?」
この先輩の直球すぎる言葉にも、そろそろ慣れてきたみたいだ。
けれど、殆ど一目惚れに近いこの感情を上手く説明できる気がしない。
『……笑わないでくださいね?』
それでも、言葉にしないと小湊先輩は納得してくれないだろう。
『走ってる時の倉持くんが、純粋にかっこよかったから…』
こんな、小学生みたいな惚れ方…と自分でも思う。
その恥ずかしさからか、私の視線は自然とグラウンドの方を向いていた。
『だから、いつか話してみたいな……この人のこと、もっと知りたいなって思っちゃったんです』
グラウンドを見渡して倉持くんの姿を探してみたけれど、そこに彼の姿はない。
いつもならまだそこに居るはずなのにと、少しの違和感と寂しさを覚える。
「つまり一目惚れってことね」
けれどそれは、小湊先輩の淡々とした呟きに掻き消された。
一歩間違えばただの惚れやすい女にされてしまうその言葉。
焦った私は、思わず隣に座る小湊先輩に視線を向けた。
「ま、いいんじゃない?」
けれど、ふらっとその場に立ち上がった彼の表情は予想していたものとは違っていた。
見たことのない柔らかい微笑みに、言い訳の言葉も引っ込んでしまう。
「んじゃ、俺は邪魔になりそうだから退散するよ」
軽く手を振って歩き出した小湊先輩。
その、“邪魔”という言葉の意味を理解出来ずに首を傾げていると、どこからかリズム良く地面を蹴る音が聞こえてきた。
小湊先輩の、階段を上る軽い音とはまた別の音。
(……まさか、そんな訳ない)
全くと言っていい程、繋がりはないはずなのに。
何故か、さっきの小湊先輩の言葉とグラウンドに居なかった倉持くんのことを思い出していた。
だんだんと近づいて来ていた足音がピタリと止んで、代わりに息を整える音が耳に届く。
次第に聞こえなくなっていくそれとは逆に、自分の鼓動が激しさを増していく。
そこにいる誰かが彼であると、期待してしまっている自分がいた。
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