第3章 【倉持洋一】Realize
「スケッチブック、落としたままだよ」
すぐ側で聞こえた小湊先輩の声にびくりと肩が跳ねた。
そして、隣のベンチに腰を下ろした小湊先輩の視線が私に向けられていることに気付く。
私は少しの居心地の悪さを感じながら、足元に投げ出されたままのスケッチブックを拾い上げた。
表紙の角が折れて所々色が剥げてしまっているそれに付いた砂を軽く払い落とす。
初めは、運動部の練習風景を描くつもりだった一冊。
それがいつの間にか、彼の姿を描くためのものになっていた。
無意識のうちに開いたスケッチブックの一ページ目にあったのは、陸上部員のクラウチングスタートの様子。
バレー部、サッカー部といろいろな部活動の練習風景が並ぶ中に、一番最初に描いた野球部の絵を見つけた。
ミットを構えるキャッチャーと、ピッチャーがボールを握り込む姿。
その隣に、荒々しい線で描かれた倉持くんがいた。
あの時の一塁へと真っ直ぐに走っていく彼の姿は、今でも鮮明に思い出せる。
私はその、真剣な横顔と走り切った後に見せる笑顔に惹かれたのだ。
数ヶ月前に描いた、いつもより雑なその絵をそっと指先でなぞる。
「やっぱり倉持だ」
ぽつりと吐き出されたその言葉に、私の頭は急速に現状を理解する。
私には悠長にスケッチブックを眺めている暇などなかったはずだ。
何故今の今まで忘れていたのか、自分でもわからない。
けれど現実、私の隣には小湊先輩が居て、きっとさっきの絵もそれを撫でるという醜態も見られていた。
これでは本当にただのストーカーでしかない。
「君、倉持のこと好きなの?」
包みも隠しもしないその言葉に、地面に落としていた視線が自然と彼にいく。
何か言い訳をと思って開いた口は、はくはくと動くだけで言葉が出ない。
小湊先輩の顔からは笑顔が消えていて、ここで嘘を吐いても意味はないと言われている気がした。
『…は、い……』
私は小さく肯定の言葉を口にし、小湊先輩の顔をじっと見つめる。
本当は今すぐにでも顔を背けたい。
けれど、私が倉持くんに害を成す存在かどうか見極められているのが何となくわかって、どうしても視線を逸らせなかった。
小湊先輩の瞳は開いていないのに、心の中まで見透かされているような気分になる。
また少し、彼のことが苦手になりそうだ。
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