第3章 交錯
Mside
「…わかった。」
立ち上がった大野さんは帽子を目深に被ると静かに出て行った。
「…珍しいね。」
残ったのは俺と大野さんの飲みかけのビール。
大野さんらしくもない。
食べ物でも飲み物でも、基本的に大野さんは残さない。
それは作り手への思いやりだったり、意外と庶民的な面を持ち合わせる大野さんの勿体無い精神だったり…
泡はとっくの昔に消えて冷たいジョッキの中で揺れるそれを一気に飲みほす。
…これは一種の賭けだ。
もし仮に大野さんが動き出したとして、まだニノの心は大野さんに向いてる。つまりニノは奪われてしまう。
…普通なら。
でも今のニノには俺がいて、たった一ヶ月でも俺との思い出がある。
ニノは本当に本当に…優しいやつだ。
だからニノは、多分俺を捨てられない。…簡単には。
ニノ自身がその「俺を捨てる」ことへの痛みを超えてまで大野さんを想う気持ちがあるのなら。
……俺の負けだ。
俺はこの一ヶ月で確かに共有した時間を、ニノを信じるしかない。
でも俺の予想じゃ、大野さんは諦める。
…大野さんもまた、とてつもなく優しい人だから。
大げさだけど、俺の幸せを壊すような…ニノの心を乱すようなこと、普段の大野さんなら絶対にしない。
それに、大野さんはニノと両想いだなんて知らない。上手くいくかも分からない告白で俺たちの関係を崩すようなこと、あの人がするとは思えない。
でもそれで諦められるような想いなら、それまでだ。
人の優しさを利用するような汚い手段だと罵られようと、誰に何と言われようと、俺はニノが欲しい。ニノを想う気持ちなら誰にも負けない自信がある。
どんな理由であっても、諦められるような想いならニノは渡さない。